Fuego de los dioses 詩聖ルゴーネス記念組曲「神々の炎」

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En la Villa de Maria del Rio Seco. Al pie del Cerro de Romero nací…”
Es la version en vivo en Tokio, filmado y dirigido por maestra Sumiko Haneda, la mejor cineasta del cine documental en Japon.

In February, 2014, the government of Cordoba, asked me to compose an official music to commemorated the 140n years anniversary of the birth of Leopoldo Lugones, one of the greatest poets in Argentina.
This is a live version, filmed and directed by maestra Sumiko Haneda, the finest documenter film maker in Japan.

東京の、クロサワ楽器総本店クラシックギターフロアーとのご縁で、現在使用させていただいている”ホアン・エルナンデス・コンシエルトS”による、アルゼンチンの偉大なる詩人、レオポルド・ルゴーネス生誕140年公式記念組曲「神々の炎」のライヴ・インタープレテーション。

撮影および演出は、日本を代表するドキュメンタリー映像作家・羽田澄子さん。

ひとつの器楽組曲に対する、このとき(2017年4月)のエンディングの観客の反応はすごかった。
まるでラテンアメリカの国におけるライヴのような盛り上がりを見せている。

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これは、2014年2月、アルゼンチン、コルドバ州政府の招聘によって同国を訪れていた自分が、同州政府文化部からの正式依頼を受けて作曲したものだ。

レオポルド・ルゴーネスは、もともとスペイン北部のアストゥーリアス地方出身のアルゼンチン入植者の末裔で、コルドバ州北部のビジャ・デ・マリア・デル・リオ・セコという町の生まれ。

当時、南米で絶大な人気を誇ったニカラグアの詩人、ルベン・ダリオに認められ、ブエノスアイレスに出て詩作活動を開始し、数々の名作を発表する。また、その教養の高さやリーダーシップぶりから、外交官としても活躍し、欧州の駐在大使なども務めたが、”詩人は社会のリーダーであるべき”という発想が、次第に社会主義思想へと傾いて人気を下げ、最終的に若い世代からの支持を失い失脚。最後はブエノスアイレス郊外において服毒自殺を図り、決して妥協せずに信念を曲げぬまま、この世を去った人物だ。

彼の出身地のリオ・セコという町は、かつて先住民とスペインからの入植者たちが激戦を繰り返した土地で、その戦いの最中、先住民たちが、スペイン人たちが守護神として崇めていた聖女像を教会から盗み出したという逸話があり、いまでもかの地の人々は、この聖女を「カウティーバ(囚われの乙女)」と呼んで親しんでいる。

ルゴーネスは、この物語を、インディオとガウチョの戦いとして、世に広めた文学者として知られている。

作曲にあたっては、毎晩のようにコルドバ州政府文化部の理事と話し合い、ルゴーネスについて学び、アルゼンチン滞在中に第一楽章部分を作曲、そして残りをニューヨークで仕上げた。

スペインで生まれたひとつの青白い小さな炎が、じょじょに赤く、そして大きな火焔となって南米に渡り、ローズマリーの丘と呼ばれる山の麓で、月明かりに照らされながら南米人として生を受けて歩きだし、やがて南米の唄のこだまとなって消えてゆくさまを音楽で表現する、第一楽章「月の小径」、第二楽章「囚われの乙女」、第三楽章「炎」、そして最終楽章「ローズマリーの丘」という、約13分の構成。

最終楽章で歌われる歌詞は、ルゴーネスによって書かれたもので、

ビジャ・デ・マリア・デル・リオ・セコの
ローズマリーの丘の麓で 私は生まれた
私が私について言えるのは ただそれだけ
なぜなら私は この地で歌われる唄のひびきでしかないのだから

という内容。

同年6月には、アルゼンチン政府と日本政府の協力によって、「神々の炎」パラグアイとアルゼンチンの計4都市ツアーが実現。
ブエノスアイレスとコルドバではコーラスを導入し、大成功をおさめた。

その後、自分は、ロルカ追求に全精力をあげることになったので、しばらくこの曲とはご無沙汰だったが、いま六年ぶりに、実は現在、この組曲とともに、スカイプなどのビデオ出演による、アルゼンチンの放送局の番組出演計画(6月)が進められている。

パンデミックによって、3月末から多くの人々同様、自宅待機を余儀なくされたわけだが、これが三ヶ月ぶりの仕事復帰となるだろう。

自分の道は、いつも最後にはアルゼンチンに戻って行くようだ。

約13分間に渡り、”エルナンデスのギター”は自分とともに、よく泣き、そして歌ってくれている。

ただ、この直前の3月に、ニューヨークで、スペイン政府の後援のもと、ガルシア・ロルカに捧げるコンサートをするためにかなりのエネルギーを費やしており、少々疲れが出たのか、第二楽章の途中で(うまくごまかしてはいるが)フレーズを忘れてしまい、若干「ビダーラ」のリズムを崩しているところがいくつかある。

ライヴではいろいろなことが起きる。だから楽しい。

今回、この動画は、アルゼンチンからの要請によって初めて公開することになった。

この年(2017年)は、本東京公演(4月)の直後に、ニューヨーク国連本部公演(5月)があり、そのあと米国内ツアー、ソウル公演、そして南米へのツアーが続き、冗談ではなく髪の毛を切りに行く暇もないほど多忙を極めた年だったが、アメリカ内外18に及ぶ都市でのすべての公演日程を、このエルナンデスとともにこなした。

下記は、10月の南米ツアー時の現地での報道とスナップ。
美しいギターだ。純然たるクラシックの楽器だが、ラテンアメリカの雰囲気にもよくフィットする。

良い楽器との出会いを作ってくださったクロサワ楽器の皆様に、あらためて心からの感謝の意を表したい。

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