Romance de la luna, luna (Ballad of the moon, moon) ロルカの幻想美「月のロマンセ」

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Una interpretación en vivo de mi solo de guitarra inspirado del fenómeno (Romance de la luna, luna ~Romancero Gitano~) de Garcia Lorca.

A live interpretation of ‘Ballad of the moon, moon ~Gypsy Ballads~,’ a phenomenon by the legendary Spanish poet.

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月が 鍛冶場にやってくる 
白くて香りのよい 花のスカートをまとって
坊やは月を見てる、見てる
ゆれる空気の中で 月がゆっくりと腕を動かす
なんて硬くてセクシーな 彼女の乳房

月よ、逃げて、逃げて
もし ジプシーたちがやってきたら
彼らはきっと あんたの心で
白いネックレスと 指輪をこしらえるよ

坊や、私を踊らせておくれ。
ジプシーたちがやってきたら
彼らはきっと 鍛冶場の金床の
閉じた目のなかで あんたを見つけるよ

月よ、逃げて、逃げて
あたしには もう馬が来るのが聞こえてる
坊や あんたは乗っちゃだめ
あたしの 白い粉を踏んじゃだめ

馬乗りたちが 近づいてくる
野原の 太鼓を叩きながら
鍛冶場のなかの坊やは 目を閉じている

彼らは オリーブの木立を通ってやってくる
銅色の肌、そして夢
頭を持ち上げて
そして 目を閉じて

*スマージャはどんな風に歌うの?
ああ! 木立の中で どんな風に歌うの?
月が 空を横切ってゆく
坊やの手のなかで

鍛冶場で ジプシーたちが泣いている
空気は それを見てる、見てる
空気は それを見てる

*スマージャ:夜鳥

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ガルシア・ロルカの傑作詩集「ロマンセーロ・ヒターノ(ジプシー歌集)」の冒頭を飾る詩に霊感を受けたオリジナル・ギターソロ。

今回のビデオは、ライヴ映像が中心の短い作品。
日本語字幕を入れるとゴチャゴチャしてしまうため、詩の対訳は上に表記した。

他の作品同様、ロルカの詩は主語が自在に入れ替わり、それが原語のスペイン語だと極致的な幻想美の効果を生むのだが、日本語にそれを正確に変換するのは容易いことではない。

この訳は、決してベストなものではなく、解釈も間違っている部分もあるかもしれない。が、これはあくまでもミュージシャンである僕が、自作曲をプレイするうえで最も大切な’フィーリング’を得るための、芝居で言えば、僕専用の’演技メモ’のようなものだと思っていただけると嬉しい。

ロマンセという言葉は、バラードとか叙情歌という風に訳されるが、ぼくは、原語’Romance‘を、そのままスペイン語でカタカナ表記している。

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ロルカは、かつてあるインタビューでこう語った。

”私はジプシーではない、私はアンダルシア人だ、このふたつはよく混同されるが、アンダルシア人がどこかジプシー的であることは否めない。では、私にとって最もジプシー的なものはなにか?それは本と文学だ。”

これは個人的見解だが、この「月のロマンセ」や、僕がやはり心酔する「ソレダー・モントーヤ(黒い哀しみのロマンセ)」や、も含め、こういった主語が自在変化をとげ、読むものにある程度の想像力を要求されるスタイルの作品というのは、アンダルシア人とジプシーの会話といって、ほぼ間違ないと思っている。

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ビデオに使用したジプシー娘の絵は、1953年にメキシコシティーで出版された「ジプシー歌集(’カンテ・ホンドの歌’、および、’イグナシオ・サンチェス・メヒーアスによる哀歌’を併録)」の表紙ダストカバー(ハードカバーを覆う紙ジャケット)を飾るもの。
全165ページの立派な装丁で、もちろん古本で購入したものだが、痛みもほとんどなく、僕はこの書籍をとても大切にしている。

メキシコもまた、他のラテンアメリカの国同様、こういった文化がとても高い。

残念ながら、この絵を描いた人物の名前が、本のどこを探しても表記されていないが、おそらくメキシコのアーティストだろう。
表紙の彼女は典型的なジプシー娘の装束をまとっているが、どことなくその表情は、マヤ風というかアステカ風というか、メキシコ・フォルクローレの雰囲気が漂っていてとてもいい。