Cinco oraciones a Manolo Sanlúcar (1943-2022) ~versión editada~ マノーロ・サンルーカルに捧げる五つの祈り(短縮版)

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Manolo Sanlúcar (1943-2022) fue un último guitarrista que me ha inspirado durante mi juventud, que fue origen iniciado por gran Atahualpa Yupanqui.

Conocí al nombre innovador del gran poeta granadino por la primera vez en mi vida, a través de la bellísima ‘Elegía primera a Federico García Lorca’ de Manolo Sanlúcar, cuando yo tenia 17 años.

Es un humilde homenaje (editado a los tres oraciones) de un músico japonés del otro campo, a un legendario artista andaluz que se ha partido al cielo muy recientemente.

Descanse en paz, maestro.
Usted no sabe cuantaas veces he escuchado su ‘Live in Japan’ LP con ‘Elegía primera a Federico García Lorca.’

¡Muchas gracias!

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Manolo Sanlúcar (1943-2022) was the last guitar player who inspired my ‘guitar’ youth which was originally started by greatest Atahualpa Yupanqui.

When I first gave a spin to ‘First elegy to Federico García Lorca, ‘ a stunning guitar solo work by Manolo when I was 17 years old, it became a moment was not only to ‘meet’ the beautiful traditional Andalusian music for the first time, but also became a moment which did let me ‘hear’ about the name of legendary Spanish poet, with his preeminent style which has been truly sustaining my creation of ‘Cante Jondo Iberoamericano (South American Deep Song)‘ for the years.

R.I.P. Maesto Manolo Sanlúcar.
You don’t have idea how many times I gave spins to your ‘Live in Japan’ LP with ‘First elegy to Federico García Lorca.’

¡Muchas gracias!

(Theis is an edited version to three prayers)

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僕は17歳のとき、スペインのマノーロ・サンルーカルという名のギタープレイヤーが作曲した、「ガルシア・ロルカへのエレジー」を聴き、この、今の僕のクリエイション活動を根底から支える、偉大なるアンダルシアの大詩人の名前を初めて知った。

アタウアルパ・ユパンキに始まった、ただギターに明け暮れた僕の少年時代をインスパイアしてくれた最後のミュージシャンが、このマノーロだったと言える。

いかにも人柄のよさそうなスリーピーアイズ(ねぼけまなこ)、そして眉の濃い、黒髪の小柄な好青年が奏でるギターの調べは、ジャズを導入したパコのような派手さは決してなかったが、その穏やかな性格からにじみ出てくるような、パコのスタイルにはない、激しいフラメンコの奥底にある、静けさに満ちた「カンテ・ホンド(深い歌)」を独自のスタイルで、あたかもアンダルシアの、さまざまな表情を持つ海のような色彩で表現した美しいギターの調べに、僕は心酔したものだ。

ビデオにも写真を使用したが、実際、マノーロが新宿のタブラオ、「エル・フラメンコ」で録音したライヴLP(「ガルシア・ロルカに捧げるエレジー」収録)に、僕は何度針を落としたかわからない。
また、やはりプレイヤーであるマノーロの実弟、イシドーロとのデュオでプレイされた「ナイチンゲールと九官鳥」というナンバーは、彼のもつあたたかい人間性と、美しいギターの音色、そしてきめ細かい高度なクラシカル・テクニックを満喫できる曲だ。
僕は、これ以上素晴らしい’ギターのアンサンブル・チューン’を聴いたことがない。

フラメンコにしてもクラシックにしてもロックにしても、最近のギターの奏者というのは、なにか肝心なものを忘れてしまっている気がする。
蛇足だが、僕は、素晴らしいギタープレイをするミュージシャンのことを「ギタープレイヤー」と呼び、そのように感じられないもののことを「ギター奏者」と呼んでいる。

「プレイヤー」の日本語訳は、決して「奏者」ではない。また「選手」でもない。
日本語には、この単語に対する正確な訳が存在しない。

僕は最近、マノーロがホスト役となって、ソレダー・ブラボーという名の、南米ベネズエラのフォルクローレを歌う女性歌手や、ロレとマヌエルという、生粋のカンテホンドを歌うジプシーのカップル、さらにバッハをジャズ感覚でプレイした本家本元のフランスのピアニスト、ジャック・ルーシエらとともにおしゃべりしながら(ジャック・ルーシエがスペイン語をきちんと話すのにも驚いた)、それぞれの音楽をかわるがわるプレイしあう(弟のイシドーロも、おしゃべりには出てこないがデュオ曲で登場)という、僕が14歳の時にスペインのテレビが放映したスペシャル・スタジオ録画を観たが、もし僕が当時、東京でその番組を観ていたら、僕はその時点で日本国籍を放棄し、スペインへ行っただろう。

なんてスペインの文化程度は高かったのか!

結局僕は、そのテレビ番組がスペインで放送された12年後、26歳のときにアメリカに渡ることになる。が、そこで僕を待っていたのは スペインとの縁ではなく、その後も切っても切れない、僕の運命を変えたアルゼンチンとのそれだった。

これは、1週間前に78歳でこの世を去った「ギタープレイヤー」、マノーロ・サンルーカルに対する、現在異なる音楽フィールドにいる僕からの、ささやかな追悼の調べ。(日本語字幕)

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* Versión completa (complete version)

* 完全版「マノーロ・サンルーカルに捧げる五つの祈り」