ノーネスチャンネルとのインタビュー ON AIR
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二週間の日本滞在を終えてニューヨークに戻る前日、12月1日に東京で収録を行った、ノーネスチャンネルによるインタビューのオンライン配信がスタートしました。
「ひとつのダイヤモンド」と題された、全二部構成によるこのインタビュー。
ユパンキ音楽との出会い、アメリカへの旅立ち、さらに敬愛してやまないバッハに対する想い、そして現在の私の音楽に対するアプローチと考え方が、ひとつのテレビ番組としてたいへんていねいに作られています。
まずこの場をかりて、ノーネスチャンネルの平山秀善代表兼チーフ・エクゼクティヴ・オフィサー、そしてノーネスユニバーシティーの学園長、鮎川雅子さんに心から感謝申し上げます。
シロ・プレイズ "フランシスコ・タレガ" II
バッハの"プレリュードBWV996"、そしてタレガの"ラグリマ(涙)"と続いたクラシック・スペシャル。
お楽しみいただけましたか?
今日はそのファイナル・ショウダウン。
私が、その様式美にあふれたドラマティックな曲想とスペクタクル性において、特に抜きんでていると思ういくつかのクラシックギター作品の中でも、アグスティン・バリオス・マンゴレの"ラ・カテドラル(大聖堂)"、そしてエイトル・ヴィラ=ロボスの"五つのプレリュード"とならんでもっとも好きなナンバー、フランシスコ・タレガの"アラビア風奇想曲"をお聴きいただきます。
(コンサートのプログラムとして演奏したことはいままで一度もありませんが、本番前のサウンドチェックにおいて、必ず一度か二度全編とおして弾くのがこのナンバー。 写真は、カーネギー・ワイル・リサイタルホールのステージで"アラビア風奇想曲"をリハーサル中の私です。)
シロ・プレイズ "フランシスコ・タレガ"
FMインタビューのために行った、クラシックギター・レパートリー3曲の特別録音。
前回は、バッハの傑作、"プレリュードBWV996"をお楽しみいただきました。
今日は、今年2009年が、ちょうどその没後100年を記念する年にあたる、スペインに生まれた"近代ギター音楽の父"、フランシスコ・タレガのペンになるギター曲をお聴きいただきます。
シロ・プレイズ "J.S.バッハ"
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現在、ニューヨークとワシントンD.C.で予定されているふたつのFMステーションのインタビュー番組のために、クラシックギターのレパートリー3曲の特別録音を行いました。
今日はそのなかから、ヨハン・セバスティアン・バッハ作曲による名作、「リュート組曲第一番ホ短調BWV996」の冒頭ナンバー"プレリュード"をお聴きいただきます。
ダブルネックギターの幽玄世界
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私にとって'ギターを弾く'ということは、即ちサウンドをクリエイトすることであり、したがって'作曲する'ということは、その延長線上にある、きわめて自然かつ必然的な行為といえます。
その作曲スタイルについては二通りあり、ひとつは、通常の6弦スパニッシュギターのために書いた、クラシックギターをある程度練習した方なら誰にでも楽しんでいただける、どちらかといえば優しく穏やかな曲想の独奏曲の創作ですが、もうひとつは、ライヴパフォーマンスにおけるインパクトを視野においた、あるときはギター一台、ときには二台、さらには他の楽器を導入してプレイする、ギターという楽器の特性を、あらゆるアングルから最大限にひきだすことを試みた、スケールの大きいナンバーのクリエイションです。
今日ご紹介するのは、そのなかでも後者のカテゴリーに入れられる最たるもののひとつです。
北陸加賀に伝わる民話からインスピレーションを得て、アコースティック・ダブルネックギターのための独奏曲として作曲した、'レジェンダ(伝説)'をお楽しみください。
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(写真トップ) 2006年10月、東京日野市田村山極楽院安養寺客殿ホールにおけるライヴにて'レジェンダ'をプレイ中。
(写真ボトム) 2007年10月、東京南青山クラブマンダラにおけるライヴ直前のリハーサルにて。
'風が歌う地~ユパンキに捧ぐ' 魂のライヴ
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去る四月に行われた、広島世界平和記念聖堂公演におけるライヴ録音。
パート1では、アルゼンチン・フォルクローレギターの醍醐味のひとつといえる、'ガト'のリズムを用いて作曲した'ラ・サンティアゲーニャ'をお聴きいただきました。
今日はそのパート2。
なによりも美しい音色の創り方を重視する恩師、鈴木巌先生直伝の、常に私を内側から支えるオーセンティックなクラシック・ギターのテクニックと、そこから生まれる無限の音楽への思いとが溶け合い、独自の世界を構築するオリジナル・ギターソロ曲、'風が歌う地~ユパンキに捧ぐ'をお楽しみください。
北部コルドバの情熱 'ラ・サンティアゲーニャ'
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これまでに、数多くの中南米の国々において、実に数え切れないほどの素晴らしい体験をしてきた私ですが、なかでももっともパワフルな血となり、そして糧となっていまも私を内側から支え続けているものが、アルゼンチンのコルドバ州北部の大地と、そこに暮らす人々との出会いと言っていいでしょう。
今日は、北部コルドバの力強く美しい民衆の姿を、かの地を代表するリズム、'ガト'を用いて作曲した私のオリジナル・ギターソロ、'ラ・サンティアゲーニャ'を、去る4月、やはり忘れられない思い出となった、広島世界平和記念聖堂リサイタルにおけるライヴ・レコーディング・ヴァージョンでお楽しみいただきたいと思います。
Un Encuentro Inolvidable .....
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ギターのサウンドを楽しんでいただけるオーディオ・ページが新しくできました。
今日は、私のオリジナルギター組曲、'マリア・ルイサの城'をご紹介します。
この組曲は、私がこれまでに体験したもっとも不思議なできごとをもとにイメージを膨らませて音楽化し、さらに、バロック、スパニッシュ、フォークロックと、私がもつアコースティック・ギターのテクニックをすべて駆使したアレンジを加えて完成させた、文字通り'ギター音絵巻'とよべるナンバーです。
(美しいイラストは、このナンバーを収録したCDのジャケット・デザインを担当してくださったイラストレーター、芙似原由吏(ふじわらゆうり)さんによるものです。
実際私が出会った王妃のイメージは、むしろこの由吏さん最初の作品のほうが近く、とても気に入っていたのですが、こちらでデザインを決定する段階で、「まるでカレン・カーペンターのようだ(?!)」という、いかにもアメリカ人らしい意見があったため、結局彼女がわざわざもう一度描きなおしてくださったものがアルバムジャケットとしてこのCDを飾ることになりました。
私はいまでも由吏さんに対して、このときのことを感謝しています。)
それではご一緒に、マリア・ルイサのお城探検へと参りましょう!
アタウアルパ・ユパンキ十五周忌によせて
1992年5月23日、フランスのニームにてこの世を去った、南米フォルクローレの最高峰アタウアルパ・ユパンキ。それからはやくも15年の歳月が流れました。
今日は、私が彼への想いを込めて1993年に作曲した'La Tierra Donde Canta El Viento -風が歌う地-ユパンキに捧ぐというギターソロを皆様にお聴かせしたいと思います。
1989年に、私がユパンキにギターの手ほどきを受けた、アルゼンチンのコルドバ州北部の山村セロ・コロラドにある彼の別荘は、川のせせらぎが、鳥の歌声が、そして木々を優しく揺らす風の音にかこまれた、まるで桃源郷のような場所でした。
この風景を思いながら作ったのがこのギター曲ですが、1994年にこの地をふたたび訪れ、ユパンキのお墓の前で演奏してからは、それを最後に一度もステージで演奏していません。また、現在流通している私の3枚のCDにも収められていません。
このクオリティーの高い音源、そしてこの、"風が歌う、私にとっての聖地"の写真が残っているのは、ニッポン放送の香高英明さんのおかげです。
まず、香高さんにこの場をかりて、心からの感謝の意を表したいと思います。
また、この録音を皆様が聴いてくださる頃、私はすでに公演ツアーのためポーランドにいます。
今日この日に、この大切な私の想いを私に代わってオンライン上で美しく飾ってくださった、ふだん東京でこのウエッブサイトを管理してくださっている山本´rico´理恵子さんに、心よりお礼を申し上げます。
('風が歌う地'には、中間部で、私のギター曲にはめずらしくトレモロを使ったメロディーが登場します。
実は私は昔からトレモロが得意で われながらこのメロディーもきれいに響いているのですが、このあと何かの本でユパンキが、"俺はトレモロなんかやらないよ。俺はお百姓が弾くようにギターを弾くのさ。”と言ったという話を読み、それ以降一切このテクニックを使うことをやめてしまいました。)
この15年間は私にとって、自身の音楽を創ってゆくうえでの、そのしっかりとした土台を築き上げるために費やした年月でした。
そしてそれが、時には激しい雨や嵐を受けた末にようやく土として固まってきたいま、これからの15年は、さらにこの巨匠の音楽に魂をこめて演奏できるよう、より険しくなる道のりを歩いてゆこうと思っています。
私のユパンキへの想いはこれからも変わることはありません。
たとえもう人前で弾くことはなくとも、この'風が歌う地'は私の心の中で、1989年の夏にセロ・コロラドで過ごしたかけがえのない時間とともに、永遠の光を放ちながら鳴り響き続けているのです。
この曲はYouTubeでも配信しています





