Rittersaalー騎士の間ー

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最上の騎士 ギョーム・ル・マレシャル

Guillaume le Marechal ( William the Marshal 1144 – 1219 )

中世史上、フランス上流特権階級において最大の出世をしたこの騎士のなかの騎士も、もとはイギリスの下級貴族の四男坊でした。
当時、多くの貴族の子弟がそうであったように、彼もまた父方の伯父、タンカルヴィル領主に預けられ修行し、18歳で騎士として叙任されますが、なにぶん財産のないところへきて、しかも四男ときては出世の道は武芸のみ。もっぱらトーナメント(騎馬槍試合)に出場しては賞金を稼ぐのに精を出すようになります。
彼の天性の武芸の才はまたたくあいだに評判となり、今度は母方の伯父、ソルスベリー伯に召し抱えられると、初の大仕事、イギリス王妃のアリエノール・ダキテーヌ(もとフランス王妃で、ルイ7世との離別後、プランタジュネット家のアンリ- ヘンリー2世 – と再婚)のポワトゥ旅行の際の護衛役を任されます。
するとプランタジュネット家に反旗を翻した地方領主のリュジニャンが、王妃を拉致する目的でこの小部隊を襲撃します。ソルスベリー伯パトリックはこの小競り合いで王妃を守って命をおとし、結局ギョームが命をかけて伯父の復讐を果たしました。

彼はこのときに、股にかなりの傷を受けるものの、アリエノールの絶対的信頼を勝ち得ることとなり、その後王妃によって召し抱えられることになりますが、さらに2年後の25歳のときには、父王ヘンリー2世と玉座を共有した若王ヘンリーの教育係、護衛役、助言者として任命されました。
縁故関係と自身の腕の働き、その両方にものをいわせた電撃的出世。トーナメントにおいての数え切れない勝利もあって、ギョームはこの世で最上の騎士と目されます。

勇敢にして無謀ならず、また騎士にふさわしい知性と気前のよさを持ち合わせ、さらに宮廷の宴などでは自ら歌い踊り、貴婦人たちを喜ばせる術を心得ていました。
長かった独身時代には、ヘンリー王の妻のマルグリーとの関係を告発され王の怒りを買うなどのスキャンダルもありましたが、社会的昇進はとどまるところなく、最終的には資産家の相続人で、王国第一級の女性を王より妻として授かり、騎士として最高の特権上流階級までのぼりつめることができたのが、このギョーム・ル・マレシャルです。
なお、ギョーム・ル・マレシャルは、本名のウィリアム・ザ・マーシャルのフランス語読みです。
( 参考文献 ジャン・フロリ著‘中世フランスの騎士’)


上)ギョーム・ル・マレシャルの墓に作られた彫像 。 偉大なる騎士はいま、ロンドンのテンプルチャーチに眠っています。(騎士たちの編年史 -アンドレア・ホプキンス著より)
中)トーナメント(騎馬槍試合)で活躍するギョーム(左)(同文献より)

2005年08月10日 | Fantastic World of Chivalry(素晴らしき騎士道の世界)