El Arbol Que Tu Olvidaste − 軽井沢編



今回の日本滞在中、私は仕事をまったくはなれ、軽井沢に三日間滞在しました。
子どもの頃、毎年ひと夏を過ごしたこの美しい土地は私にとって第二の故郷のようなものです。
写真は、30年ぶりに訪れた当時の別荘。私はここで毎日澄んだ空気を吸いながら、自転車を駆って一日中走り回ることによって、現在の丈夫で健康なからだを得られたと思っています。
私はこの木が大好きでした。彼もきっと私をおぼえてくれていたでしょう。

"きみが忘れてしまった故郷の木は いつでもきみをおぼえている
そして夜毎に問いかける 幸せでいるかい それとも..."

子どもの頃過ごした土地との30年ぶりの再会で、私はユパンキの傑作曲、'郷愁の老木'の歌詞を思い出し、いつしか胸をあつくしていました。


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1972年盛夏。
いちばん左が私です。

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2007年早春、同じ場所にて。
1972年の写真は、この写真左にある階段のところで撮ったものです。
当時石だった階段は、木のステップに変わっていました。

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El Arbol Que Tu Olvidaste

郷愁の老木 (きみが忘れてしまった木)

きみが忘れてしまった あの木は
いつもきみを思いだしている


そして 夜ごとに問いかける
幸せでいるかい....それとも...


小川がぼくに こう語った
木がこんなことを言っていたと


"旅行くものは嘆くばかりさ
それならここのとどまればいいものを!”

しかし それは 
旅行くものなら 誰もがもつ 
運命(さだめ)と知らなければならない

心とともに 歩き続ける以上
心とともに 苦しみぬかねばならないのだと


きみが忘れてしまった あの木は
いつも きみを思いだしている


故郷の木よ
きみに言いたい
ほかの旅人に 起こったことは
やはり このぼくにも起きてしまったと


ぼくにだけは言わないでもらいたかった
だけどやはり 聞かなければならない

"旅行くものは 嘆くばかり
それならこのとどまればいいのに!"

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その足元を、やるせない表情で通り過ぎてゆく旅人たちをつねにみおろす一本の老木。
故郷をはなれ、はるか遠い地で、気がつけばやはり同じようにさすらいの運命(さだめ)を生きるひとりの旅人。
しかし故郷の老木は、決して彼を忘れることはなく、夜ごとに"幸せでいるかい"とやさしく語りかけてくる。


自然界になかでともに生きる木々と人間の心のふれあいを描いた、ユパンキの最高傑作のひとつといえる詩作ですが、その深さははかりしれず、同時にたいへん日本語に訳しにくいものです。


その足元で、朝から晩まで泥んこになってかけまわって遊んでいた私をじっとみていた一本の軽井沢の木。
ユパンキの音楽を演奏する音楽家となって30数年ぶりにもどってきた私を、彼はどのように思ってくれたのでしょうか。


ユパンキが歌う感じから少々はなれ、私が歌っている雰囲気で訳してみました。


私の演奏によるEl arbol que tu olvidaste''、こちらのページでその一部をお楽しみいただけます。

2007年04月04日 | El Mundo Maravilloso de Las Poesias(素晴らしき詩想の世界)