Miguel Hernández: A Federico García Lorca, Elegía primera  ミゲル・エルナンデス「ガルシア・ロルカに捧げる第一の悲歌」

来春3月17日、東京オペラシティ・リサイタルホール公演のプログラムを下記のように決定した。

第一部

1 バッハ・インプロヴィゼーション第1番
  「エル・バイラオール ~アントニオ・ガデスへのオマージュ~」 
                          / 大竹史朗

2 栗毛の馬 / アタウアルパ・ユパンキ、パブロ・デル・セーロ

3 ペペのサンバ / 大竹史朗

4 主よ、人の望みの喜びよ / ヨハン・セバスティアン・バッハ

5 トゥクマンの月 / アタウアルパ・ユパンキ

6 風が歌う地 ~アタウアルパ・ユパンキへのオマージュ~
                      / 大竹史朗 
  
 
 
第二部

7 ガルシア・ロルカに捧げるバラーダ第1番 
  「シルヴェリオ・フランコネッティの肖像」 / 大竹史朗

8 組曲「SONOKO ~園子~

  a)異形の幻影
  b)軽井沢のロマンス 
  c)不在           / 大竹史朗

9 ガルシア・ロルカに捧げるバラーダ第2番 
  「ロメリーア ~神楽~

  a)イェルマ 
  b)ソレア
  c)ガルシア・ロルカに捧げる第一の悲歌(エレジー)
                / 大竹史朗 

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このコンサートの第二部でプレイする三曲は、すべて初演のギターソロ

今回は、そのクライマックスとなる、朗誦と、日本舞踊を基調とするモダンダンスを伴う「ガルシア・ロルカに捧げるバラーダ第2番」の第三楽章「ガルシア・ロルカに捧げる第一の悲歌(エレジー)」のイメージビデオ(限定公開)を、トップにリンクした。

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これは、ロルカ同様、フランコ独裁政権の犠牲となって獄死したスペインの田園詩人、ミゲル・エルナンデスが、盟友ロルカの死を悼んで書き上げた詩を、朗誦によってフィーチュアーするパート。
ロルカ銃殺の悲報を受けたエルナンデスが、どんなにおぞましいショックを受け、そして悲嘆にくれたか、まさに何かに突き刺されて息を止められたかのように理解できる、痛切な内容の詩だ。

ビデオには、日本語字幕をつけてある。

いまアメリカでは、銃器による殺人のニュースを聞かない日がないほど、全米各地で、この愚かな人類が創造した忌まわしい武器が、日々無差別に市民の命を奪い続けている。
もちろんそれは、アメリカだけではない。

この曲は、こうして人の命をごく簡単に奪ってしまう銃火器の恐ろしさを、改めて僕なりにメッセージとして伝えたもの。

また、ロルカへのオマージュといえばフラメンコという、おそらくロルカ本人も望まない誤った常識を打ち破る新たなギター音楽を、僕自身、第2部冒頭曲としてプレイする「シルヴェリオ・フランコネッティの肖像」によってようやく探しえた自分自身のギターの音によって、皆様に楽しんでいただく公演として、僕は今回の公演を、いままでのどのコンサートよりも楽しみにしている。

動画に使用しているのは、日本の名工・中出阪蔵さん1978年製作によるギター。

イタリアの濃厚なハチミツと、アンダルシアのレモンが融け合い、南米の静寂のグロリエータ(四阿)を感じる”あたたかみのある優しさと、金属的な鋭さを兼ね備えたこのサウンドは、他の楽器では出せない。

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と、話が堅苦しくなったので、お気に入りのニューヨークの床屋さんから「オーラ!アミーゴ!

月曜日から木曜日の間、13時~15時の間に行くとカット15ドル
カッチリ七三にされるが、これはあとでどうにでもなり、技術は極めて高い。

もちろん予約の必要なし。
入店から退店までの総所要時間は、水をぶっかけてジョキジョキ切るだけなので10~15分。

ただ、ニューヨークのフォレストヒルズの自宅から、この理髪店が入っている郊外のショッピングセンターとは、実は16キロ(!)も離れており、僕の家が東京にあるとすると、なんと車で川崎あたりまで髪を切りに行っているということに最近気がついた(*_*)

アメリカは言うまでもなく広大で、加えてハイウエイの発達度が日本の比ではないので、こういう距離間隔の麻痺が日常茶飯事として起こる。
川崎までわざわざ床屋に行っているという感覚はまるでない。

 
    

¡Feliz víspera de todo los santos! Happy Halloween! 🎃

Forest Hills, NY

フォレストヒルズ、NY

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Mural Federico Garcia Lorca (SOHO, NYC)

ガルシア・ロルカ壁画(ソーホー、NYC)

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Washington Square Park (Greenwich Village, NYC)

ワシントンスクエアパーク(グリニッチヴィレッジ、NYC)

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J.F. Kennedy international airpot (Queens, NY)

ケネディ国際空港(クィーンズ、NY)

García Lorca por Sakazo Nakade 中出阪蔵ギターによる、ガルシア・ロルカ・インスピレーションワーク

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来春3月17日、東京オペラシティ・リサイタルホール公演の、第二部オープナーとして初演予定の新作ギターソロ、「シルヴェリオ・フランコネッティの肖像」を、明治時代生れの日本の名工・中出阪蔵(なかでさかぞう 1906-1993)さんが、1978年、恩師・鈴木巌先生のご紹介によって特別製作してくださったギターでプレイしたビデオ(限定公開)。
前回ご紹介したビデオは、大歌手・シルヴェリオさんや、19世紀のタブラオの写真や絵などを多く使って構成したが、今回の動画は、実際に僕が中出さんの楽器を使って演奏しているところをメインに作ってある(日本語字幕)。

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僕は現在、スペインの楽器を二台(イグナシオ・ローサス、ホアン・エルナンデス)、’およびアルゼンチンの楽器一台(グレゴリオ・カブラル)をメインギターとして使用しているが、今回の東京公演へは、これまで二回しかコンサートで使ったことのない(いずれもニューヨーク)、この中出さんのカスタムギターと一緒にゆく考えでいる。

その理由は、この動画の中出さんの楽器の音を聴いていただければ一目瞭然だろう。

イタリアの濃厚なハチミツと、アンダルシアのレモンが混ざり合い、そしてさらにそこに、アタウアルパ・ユパンキに通じる南米の静寂に満ちた深いエモーションが加わったシルヴェリオ・フランコネッティの歌声を表現できるのは、いまの僕にとって、中出阪蔵さんのギターをおいてほかにない。
誕生から、ほぼ45年という歳月が経過しているのにもかかわらず、この音色の輝かしさ、美しさ、そして豊かな音量のボリューム感は、ただただ信じがたい。

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この楽器は、20世紀前半にスペインで作られていた、いわゆるヴィンテージサイズと呼ばれるものと同じ型で、ヘッド部分で弦を巻きつける金属(マシンヘッド)のギアの間隔が長いため、それにあわせて楽器自体のサイズも若干大きくなっており、中出さんのギターをプレイしたあとで、最近作られた楽器を抱えてみると、少々小さく感じる。
もしかしたら、そこにこのサウンドの違いの秘密があるのかどうかはよくわからないが、とにかく、中、低、高、どのレンジも豊かで美しく響き、しかも指に喰いついてくるような感覚は、決して他のギターでは味わえないものがある。

入手しにくいマシンヘッドの一回交換(ゴトー【日系?】というメーカーが作っており、フロリダから取り寄せた)以外は、すべて1978年オリジナルの状態。
僕がつけたスクラッチは至る所に無数にあり、それなりに使用感があるが、自然に入ったヘアライン(割れ)はひとつもなく、材質はきれいそのもの。
中出さんがいかにこの楽器を丹念に仕上げてくださったかが、今になってよくわかる。

鈴木先生は、1978年、まだ少年だった僕が使っていた、ケースもないボロボロのギターをある日見て、”うわっ!こりゃひでえ!”と、叫ばれ、すぐに母に電話して、”いま史朗君のギターを見たが、これでは彼の才能が伸びない。僕の親しい製作家に中出阪蔵さんという素晴らしい人がいて、僕が頼むと15万円の楽器を11万5000円に値引いて作ってくれる。一生使えるギターになるので、ぜひ史朗君にこの楽器を作ってあげてください。”と、頼んでくださった。

15万円といえば、当時の貨幣価値から考えると、現在の30万円以上になる。
母も当時、僕と弟をかかえて仕事をはじめたばかりだったので、決して右から左にすぐに出るお金ではなかったはずだが、結局、おばあちゃんも加わった家族会議の末、このギターを僕にプレセントしてくれた。
これは、かなりあとになって、鈴木先生が教えてくださったことだが、このギターは、実際15万円のクオリティではなく、特別に25万円以上の材質を使って作っていただいたものだったそうだ。
先生が中出さんに、くれぐれもよろしくと頼んでくださったのだろう。

こんな良い師匠がほかにいるだろうか?!

下に写真を載せたが、実は中出さんからの領収書が今でも残っていて、これには鈴木先生もビックリされていた。
ギターは、丈夫なハードケースと一緒に納品されたが(鈴木先生が中出さんの中野のご自宅まで取りに行ってくださった)、領収書はそのなかに、最近まで、実に一度も誰の目にも触れることなく、ずっと長い間眠っていた。

東京オペラシティ・リサイタルホール公演、もう、鈴木先生に会場に来ていただけないのは残念だが、先生はきっと僕のそばにやってきて聴いてくださると信じている。

僕自身、上演芸術のアーティストとして、いまも誰よりも素晴らしいと思うアントニオ・ガデスからの、”シローへ、同士より挨拶”とメッセージがサインとともに書き込まれた宝物ギター。

どうぞ来春3月17日、いまからご予定下さい!

Balada a García Lorca: Retrato de Silverio Franconetti ロルカへのバラーダ「シルヴェリオ・フランコネッティの肖像」

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Retrato de Silverio Franconetti

1. Café cantante (Singer’s cafe)
2. Retrato de Silverio Franconetti (Portrait of Silverio Franconetti)

Mi nueva obra para solo de guitarra inspirada por un destacado poema de Federico García Lorca, que voy a estrenar en Tokio (Sala de recital de Tokyo Opera City en 17 de marzo de 2023.)

My newest work inspired by Garcia Lorca‘s stunning poem which I’ll premier in Tokyo (Recital Hall at Tokyo Opera City on the 17th of March, 2023.

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シルヴェリオ・フランコネッティの肖像

1 カフェ・カンタンテ
2 シルヴェリオ・フランコネッティの肖像

来春3月17日金曜日に予定している、東京オペラシティ、リサイタルホール公演の第二部オープニングナンバーとして初演予定の新しいギターソロ。

シルヴェリオ・フランコネッティというのは、1831年、イタリア人の父親とスペイン人の母親の間に、セビージャ(セビリア)で生まれたフラメンコの大歌手で、彼の歌がどのように凄かったかというのが、今も、ガルシア・ロルカの残した一篇の詩から覗うことができる。

シルヴェリオは、かのブラームスが史上初のレコーディングを行った1889年に他界しているので、もちろん録音は残っていない。
ロルカ自身(1898年生まれ)も彼の歌声を聴いたことはなかった。
彼は、19世紀当時のことをよく知る年配者たちに取材を行い、この優れた詩を書いたのだろう。

下記のロルカの言葉は、録音された音よりもダイレクトに胸に伝わってくる。

動画にある僕の作曲は、傑作詩集「カンテホンド詩集のなかにある、三篇の詩から構成された「ビニェータス・フラメンカス(フラメンコの歴史漫画集)」の二篇に霊感を受けている。

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「カフェ・カンタンテ」

クリスタルのランプと 緑色の鏡
暗い 板張りの店のなかで 死との会話が続いている

死を呼ぶ…
死は やってこない

再び呼ぶ
人々は すすり泣く

長い絹のドレスの裾の尾が
緑色の鏡のなかで うごめいている

***

「シルヴェリオ・フランコネッティの肖像」

イタリア人とフラメンコの狭間
なぜ あのシルヴェリオは あのように歌えたのだろう?

イタリアの濃厚なハチミツと
我々(アンダルシア)のレモンが混ざり合い
シギリジェーロ(フラメンコ歌い)の嘆きの極地まで
彼を運んだのだ

その叫びは すさまじく
年寄りたちは
その歌声を聴くと 髪が凍りつくようだったと語った

彼の歌は 鏡の内側にある水銀を開き
ひとつのの狂いもなく 音の限界をはるかに超越していった

彼はクレアドール(創造者)、そしてハルディネーロ(庭師)
ひとりの 静けさのためのグロリエータ(四阿‐あずまや‐)のクレアドール

いま その歌声は 響きとともに眠りにつく
究極の清らかさ 最後の響きとともに!

***

カフェ・カンタンテ」というのは、’歌い手のカフェ’という意味の、当時人気のあったタブラオ(フラメンコ酒場)の名で、シルヴェリオ・フランコネッティは、この店の花形シンガーだった。

この人物は、1864年に歌手として本格的活動をする前に、ウルグアイのモンテビデオに暮らした経験がある。

ロルカの詩にはその表記がないが、僕は、このシルヴェリオが、フラメンコの原点といわれる「カンテホンド(深い歌)」の歌手として、なぜそこまで圧倒的な深みを持っていたのかという秘密のひとつに、イタリアのハチミツとスペインのレモン以外に、彼が「南米の深さ」を知っていたからということが挙げられると確信している。

 

このギターソロは、そのあたりをサウンド表現した作品

これからいよいよ「カンテホンド・イベロアメリカーノ(南米の深い歌)」のクリエイションに全精力を傾ける僕にとって、「シルヴェリオ・フランコネッティの肖像」は、これ以上のモティーフは考えられない、恰好のインスピレーションを与えてくれるものと言える。

今回のビデオは(初演前なので)、全体の四分の三を収めてあり、あとは’乞うご期待!’というエンディングになっている。

ロルカは生前、あるインタビューで、”現在タブラオなどで歌い踊られているフラメンコは、カンテホンドの退化でしかない”という発言をした。

死との会話が続けられる、暗い板張りの店(タブラオ)

いま、シルヴェリオ・フランコネッティの歌がどんなに凄かったのかは、このスペインの国民詩人の言葉から十分判断できるが、聴くものの髪を凍らせたという大歌手の死後、20世紀に入ってすでに見世物化したフラメンコに対して、ロルカは決してハッピーではなかったのだろう。

このギターソロは、決してフラメンコではない、しかし、死との会話が続けられていたタブラオにかつて存在した、過ぎ去った昔日の真のフラメンコへの挽歌と言える、僕が現在、最も気に入っている作品だ。

日本語字幕

Le gitan avec la solitude et la passion

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