Volver a Villa-Lobos ヴィラ=ロボスへの回帰と11/21東京公演

***

Al interpretar “Villa-Lobos” me llevó al escenario de Carnegie Hall hace años.
Ahora el 21 de noviembre en Tokio, intento tocar las obras de ese gran hombre brasileño, y de Atahualpa Yupanqui, con la misma emoción y la energía.
Atahualpa Yupanqui e Heitor Villa-Lobos.
Para mi los dos eran más asombrosos guitarristas y creadores en el mundo, quienes nacieron en las Américas, y recibieron la gran revelación de J.S.Bach.

Years ago, my “Villa-Lobos” interpretations took me to the stage of Carnegie Hall.
Now in the 21st of November in Tokyo, I will perform the works of the big Brazilian and Atahualpa Yupanqui with the same energy and the emotion. To me these two fabulous guys were most wonderful guitar players & sound creates in the world, who were born in South America and received the beautiful revelation of J.S. Bach.

20世紀を代表する大作曲家の一人、ブラジルのヴィラ-ロボスの作品の研鑽と演奏は、自分をカーネギーホールのステージへと導いてくれた。

そしていま、11/21東京公演は、いよいよこのヴィラ-ロボスとユパンキ、そしてバッハと自作品を、全く同じエモーションとエネルギーをもってプレイするべく日々修練をかさねている。

***

“Preludio III (Homenaje a Bach)” la pieza del gran carioca que me encanta más.
Para mi, Maria-Livia São Marcos, y Elias Belmiro son únicos dos guitarristas que me ofrecen “Buenos sonidos” de Villa-Lobos. Me encanta mucho que escuchar sus grabaciones y me inspiran mucho.

“Prelude III (Homage to Bach,)” my best favorite Villa-Lobos guitar piece.
There are only two guitar players who bring me the “wonderful sounds” of Villa-Lobos. I really love to listen to their recordings and they inspire me a lot.
Their names are Maria Livia São Marcos, and Elias Belmiro. Both are from Brazil.

これは一般公開していないものだが、自分のもっとも好きなロボス作品「プレリュード第3番(バッハへのオマージュ)」の自宅練習動画。

自分には、ヴィラ=ロボス演奏に関して、いつもCDやLPを愛聴しているふたりのギタープレイヤーがいる。

ひとりはブラジルのサンパウロ生まれのマリア・リヴィア・サン・マルコス(トップ写真)で、もうひとりは、やはりブラジル、エスピリト・サント州出身のエリアス・ベルミーロだが、両者とも残念ながら日本ではまったく知られておらず、素晴らしい音源の数々も国内ではほとんど入手できない。

数年前、現代ギター誌の主催で、音楽評論家の濱田滋郎さんとヴィラ=ロボスとユパンキについての誌面対談を行ったが、その際、濱田さんは、「(ヴィラ=ロボスのギター曲といえば)皆さん、同じようなスタンスで弾くので同じような音が聞こえてくるが、夕べ(東京公演)のシロさんの弾き方はとても新鮮でした。」と褒めてくださったので、決して真似をしているわけではないが、自分のプレイには、実はエリアス・ベルミーロの影響が大きくあることをお話ししたところ、南米音楽のエキスパートである濱田さんですら、この傑出したブラジル生まれのギタープレイヤーの存在をご存知なかった。

***

マリア・リヴィアは現在77歳。スイスのジュネーヴに長く在住し、演奏、そして教育活動を続けているようだが、エリアスに至っては、90年代後半に素晴らしい二枚のCDアルバムを発表した後、まったく姿を消してしまい、昨年ブラジルの新聞のオンライン版がリリースした記事によると、なんと完全なアルコール中毒になり、現在、故郷のエスピリト・サント州のヴィトーリア市内の公園で寝起きする路上生活者に身をやつしているという。

褐色の肌にロングヘアという、いかにもブラジルの芸術家といった若き日の精悍な雰囲気は失せ、やせこけ、まだ50歳だというのにすっかり老人然とした風貌となり、話す言葉もロレツが回らず、取材した記者が”おみやげ”として持参したギターを抱えた姿に、とてもかつての名ギタープレイヤーの面影はない。ダウンロードされた自身のプレイを記者の携帯電話で聴いているうちに、感極まって涙ぐむ姿に胸が痛む。

***

マリア・リヴィアのほうは、若いころ欧米で高い評価を得たので、アメリカではいまでも優れた音源がアマゾンやebayなどで入手できる。
もしかしたらこれほど優れていると、音楽家としての富や世界的名声などどうでもよくなってしまうのだろう。ブラジル人らしい、のんびりとした余裕を感じる。

エリアス・ベルミーロという人は、ブラジルの子どもたちへの音楽教育にも熱心に力を注いだ人物で、ただ酒による不摂生な生活態度で身を崩したとは思えない。
エリアスの素晴らしいヴィラ=ロボス演奏集デビューCD(ボトム写真)には、彼の師匠である名プレイヤー、トゥリビオ・サントスが解説を書いているが、それによると、エリアスはとても謙虚な人柄だという。

かつてセゴヴィアが、プレイヤーとしてもクリエイターとしても自分よりはるかに優れているパラグアイのバリオスに恐れを抱き、彼が世界に進出できないよう妨害を働きかけ、結果、バリオスは生前は世にでることができず、公演先のサルバドルにおいて、ほぼ無一文で野たれ死にをしたという話を聞いたことがある。

エリアスの変わり果てた姿を見て、自分はなんとなくこの話を思い出した。

バリオスのこの一件が本当のことなのかどうかは実際わからない。が、こういうことがあってもまったく不思議ないのが、今も昔も変わらず魑魅魍魎としたエンターテインメント業界だ。

セゴヴィアには、バリオスの存在がさぞ脅威だったにちがいない。

どんな世界でもそうだが、ジェラシーほど恐ろしいものはない。エリアス・ベルミーロもまた、傑出しすぎた才能を持ったがゆえに、こうして不運に見舞われてしまったような気がしてならない。
いずれにしても、世界に出て嫌な思いをするよりも、ホームレスになっても故郷でのんびり暮らすほうが、もしかしたらよいのかもしれない。

自分はいつも彼のヴィラ=ロボス演奏集CDを愛聴しており、本当に世の中にこんなに素晴らしい演奏をするプレイヤーはいないと思っている。
その後、少し服装がよくなって、治療をはじめていると報道されたので、なんとか再起して、また素晴らしいプレイを聴かせてもらいたい。

ヴィラ=ロボスはバッハを、”世界をひとつに結ぶフォルクローレ”と言い、さらに「フォルクローレとは何か?」と問われると、”俺だ”と言い放ったという。
ユパンキ、バッハ、そしてこのグラン・カリオカ(偉大なるリオっ子)とぼく自身の作品を同じエネルギーとエモーションでひとつのコンサートでプレイするのは容易なことではないが、それこそが自分にとっての終生のテーマになるだろう。

上記の濱田さんとの対談のなかで、自分は、”ヴィラ=ロボスがバッハへの階段になった”と語っているが、今回の東京公演は自分にとって,いよいよバッハがヴィラ=ロボスへの階段になる番と言って間違いない。

ユパンキとヴィラ=ロボス。このふたりは、同じように南の地に生まれ、そしてバッハの啓示を受けた、ぼくにとって世界最高のギターサウンドクリエイターだ。

¡Adios maestro Iwao Suzuki! アディオス 鈴木巌先生!

En la memoria del gran maestro Iwao Suzuki (1932-2019)

去る8月23日、日本時間午後1時40分、日本の音楽史上、最初の国際コンクールのグランプリ受賞者(1957年モスクワ国際ギターコンクール)、鈴木巌先生が、癌のため東京都内のご自宅で、87年間にわたる地上での生涯を終えられた。

自分は16歳から21歳までの5年間、鈴木先生にクラシックギターの手ほどきを受け、1988年の渡米後、職業として音楽を演奏するようになってからは、東京で計3回、広島(トップ写真)と気仙沼でそれぞれ1回ずつジョイント公演をご一緒させていただいた。
また先生は、2010年に初訪米。ニューヨークのアルゼンチン総領事館オーデトリアムおよび、ニューヨーク湾に浮かぶ人気の水上コンサートホール、’バージミュージック’において、満場のニューヨーカーたちをその美しい音色で魅了してくださった。

下記リンクは、その最後となったジョイントパフォーマンス(2013年10月、東京銀座)のラストのデュオ演奏二曲。おなじみ”愛のロマンス(禁じられた遊びのテーマ)”と、鈴木先生の名編曲によるバッハのプレリュード。
音楽というのは、文字通り”音を楽しむ”ものだということを、この二篇の動画からお分かり頂けると思う。
鈴木先生はこのとき81歳。細かいところでのミストーンはあるが、そのようなものをはるかに超越した、音楽家としての真の精神のみが可能にし得る、天空の音色の素晴らしさがある。

これはほとんどぶっつけ本番パフォーマンスだったので、あまり細かい段取りをしておらず、”禁じられた遊び”のファーストコーラスのあと、そのまま後半の転調パートにゆこうとする先生に対して、「サラバンド!」と(よく聞くと小さな声で)、映画に使われたビゼーの曲をソロで入れるよう先生を促しているのがわかる。
このサラバンドは、先生が咄嗟にアドリブで弾いてくださったものだ。

ふたつめのバッハのほうは、もしバッハがこのパフォーマンスを聴いたら、きっと立ち上がって大喝采を送ってくれただろうと信じている。

自分はこの時、先生は100歳を過ぎてもギターを弾き続けられるのだろうと思っていた…

単に音楽家としてのみならず、こうしてひとりの人間として極めて優れた至高のギタープレイヤーを師としてもてたことを、自分は心から幸せに、そして誇りに思っている。

¡Muchas gracias maestro Iwao Suzuki!

Los imaginários geográficos en las canciones de Yupanqui ユパンキの歌に見られる地理的発想

***


Imaginario Atahualpa
,”la pagina oficial de Dr. Agustín Arosteguy.
Su idea ‘Los imaginários geográficos de las canciones de Yupanqui’ es lo que sentir empatía mucho para me.

The geographic imaginary of Atahualpa Yupanqui’s song” is the idea of Dr. Agustin Arosteguy which I feel empathy a lot.

今年の初め、東京のセルバンテス文化センターから紹介され、現在ラテン・グラミー賞のカルチャー部門より承認および奨学金を受けてユパンキの研究書を執筆中の、ブエノスアイレス出身のアルゼンチンのアグスティン博士を手伝っている。
彼の研究テーマ「ユパンキの歌に見られる地理的発想」には大いに共感を覚える。

リンクページは博士の公式サイトで、彼は現在、自分の南米ツアーの報道(大竹史朗・ユパンキの音色を聴衆に運ぶ)などを紹介してくれている。

Homage to Atahualpa Yupanqui in Cerro Colorado セロ・コロラドにおけるユパンキへのオマージュ

***

¡Viva Cerro Colorado!

2014年1月から2月にかけて、自分はアルゼンチン、コルドバ州政府の招聘によって同国をツアーし、1月31日の夜、ユパンキが最も愛した土地と言われる、コルドバ州北部のセロ・コロラドにある巨匠の別荘(現博物館)において開催された、ユパンキ生誕106年を記念するコンサートに出演した。

これは、セロ・コロラドのご当地ソングともいえる速いテンポの「石のチャカレラ」の、客席から撮影されたライヴ演奏。
この複雑なリズムを刻みながら歌うのは至難の技だが、決してそれを聴衆に感じさせてはいけないところが、またこの音楽のむずかしいところだ。

自分は1989年1月、この場所でユパンキから直接ギター演奏の手ほどきを受けた。
かけがえのない聖地に自分を戻してくれたコルドバ州政府の皆さん、特に文化部理事のアンヘル・ディアスさん(写真下)に心から感謝している。

やはりセロ・コロラドにおける、とてもリラックスしたライヴのワンシーン。これはホテルのレストランでのパフォーマンスで、このときはほぼ飛び入り出演のような雰囲気だったため、自分もラフなスタイルでの演奏。
ユパンキの名曲ギターソロ(直伝の)「恋する鳩の踊り」を披露している。

ただ、飛び入りプレイは大抵ろくな演奏にならない。自分にとってライヴ演奏というのは、どんな場合でも、事前にきちんとリハーサルをして行うもので、食事の片手間でするようなものではない。

これらの演奏については完全に満足しているわけではないが、本場アルゼンチンの雰囲気を伝えるものとしては面白いと思うので、当ホームページのみでの限定公開としてご紹介させていただいた。
二曲とも一般には公開していない。

このレストランの外に出ると、二階は展望台になっていて、まさに降ってくるような天の川と南十字星が見守ってくれていた。
アルゼンチンの夜は長い。彼らは本当の意味で夜を楽しむ贅沢な国民だ。
ナイトライフの充実していない日本は、それに引き換えまだまだ文化的に低い。自分はアルゼンチンに行くと、いつもいやと言うほどそのことを思い知らされる。

Le Gitan New Yorkais avec la Solitude et la Passion

Top