アタウアルパ・ユパンキの素晴らしき詩の世界 II
私はこれまでに、アルゼンチンの多くの地方を旅して見聞を広め、そしてできるだけたくさんの美しく力強いフォルクローレの調べを体のなかに、そして血の中にしみこませようと努力してきましたが、結果それは、3年前に行った、’フォルクローレのゆりかご’と呼ばれるサルタにおける公演において、私のキャリアの第一段階としての頂点を招きむかえてくれたかのように思えました。
そんな私が、いまだ訪れたことのない美しい土地。
それが、ビダーラ(ビダリータ)、チャジータといった独特の調べと豊かな自然、そして広大なブドウ畑をその胸にいだく、ワインの名産地として知られる’ラ・リオーハ’地方です。
(写真は、私のサルタ公演を報じた、’エル・トリブーノ紙’。
‘日本人ギタリストとユパンキ作品’という見出しで、素晴らしいユパンキの写真が使われています。
ユパンキは生前、母国のアルゼンチンや隣国のウルグアイでは、’Don Ata(アタ親分)’と、親しみをこめて呼ばれていました。)
そのアタ親分が、ラ・リオーハによせた素晴らしい詩をご紹介します。
ビダリータのロマンセ
ウアイラ*の柳
コチャンガスタ*の路地
ビダーラが小道に流れれば
どんな道も美しい
インディオの太鼓が 谷にひびく
ためいきとともに
翼にせおった 別れとともに
謡(うた)をつたえる 一羽の鳩
俺の大地の甘い調べ
リオーハのビダリータよ
なぜ俺に こんなにも
望郷の思いをつのらせるのか
いつか 俺も帰るだろう
あのコチャンガスタの道をとおって
カスアリーナ**の口笛をききながら
熟れたブドウ畑をながめながら
そして俺は リオーハの地にくちづけする
風が ジャスミンが オレンジ畑が
俺に語る サナガスタ*を
月がその姿をかたむかせ
青い山々にくちづけるとき
俺は砂地に横たわり 魔法によって満たされる
そのとき俺は あの謡をきくだろう
あの道を流れてくる リオーハのビダリータを
(* 地名)
(** カスアリーナ -温暖な地域に育つ植物)
なお、’ビダリータ’は、’ビダーラ’をさらに親しみをこめて呼んだ、スペイン語独特の変化形で、語源は’人生’を意味する’ビダ’のようですが、フォルクローレ語(?)で’恋人’を意味します。
このようにアルゼンチン・フォルクローレには、辞書にはない独自のスラングが多くあり、本来、’中国、および東洋の女性’をさす’チーナ’の変化形である’チニータが、’牧童ガウチョにとっての、生涯をともにする愛する女性’という意味をなすなど、実際こんなことを調べ始めるときりがありません。
なお、’ビダーラ’は、もともとスペインにその起源をもつ、3拍子によるゆったりとした舞曲です。
本場に行ったことのないせいか、私はあまりこの調べを演奏していませんが、一曲だけ、’カルチャキ族のビダーラ’というギターソロを、いまから10年前に録音しています。
いつか私もこの詩を胸に、ラ・リオーハ地方を訪れてみたいと思っています。
いったいどんなところなのか興味のある方は、こちらのページで写真をごらんください。
‘ビダリータのロマンセ’は、ユパンキの名詩集、「ギターラ」(写真下)におさめられています。
どこへ行くにも持って歩いたため、もうかなり古びてしまいましたけれど、いまも私にとってかけがえのない愛読詩集です。
私は演奏者であって、ユパンキの研究家ではないので、この詩に曲がついていたかどうかということまではわかりません。
いずれにしてもあまり広く紹介されている作品でないことにはまちがいないでしょう。
これからもこういった美しい詩の数々を選んで、ホームページ上でご紹介してゆきたいと思っています。