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ニューヨーク日記

チャーミングなフライトアテンダントに感謝!4.25東京公演クライマックスは、ロルカの魂を宿した白熱パフォーマンス

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大成功をおさめた東京二公演クライマックスでプレイした、朗誦とソプラノを伴う新型ギター組曲「イェルマ~ラ・ロメリーア」は、序奏部でバッハのサラバンド(ヴァイオリン・パルティータ第1番)を使用することは、すでに四年ほど前から決めていたのだが、そのあとの中盤から後半にかけてのギターのバッキングパートが、アイディアは浮かんでいるものの、それがサウンドにならず、どうもいい感じに進まずにいた。

それが、ある思いもしなかったことをきっかけに、この作曲が一気に完成することになる。

いまから二年半前、ニューヨークから東京に向かう日本の飛行機のなかで、往路二名、帰路一名の、計三名の、とてもチャーミングなフライトアテンダントの女性たちに声をかけられた。

もちろん彼女たちは、一般的知名度を欠く僕を知っていたわけではなく、”あの田村正和さんのようなカレ(!)は、いったいナニモノ?”と、話題にしてくださっていたのだった(爆笑❣

そのあと、彼女たちのうち二名は、激務のなか東京公演に足を運んでくれ、一名は二度までもコンサートに来てくれて嬉しかったのだが、実は、このなかのひとりのセニョリータの名字というのが、いままで一度も聞いたことのない、それは美しい、幻想的な響きを持ったもので、それは、滞っていた僕の「イェルマ」の作曲を、一気に推し進める強烈な霊感を与えてくれるに至り、東京到着後、僕は一気にこのパートを完成させることができた。

あまり聞かない名字は、すぐに特定されてしまうため、もちろん公表することはできないが、この曲が完成したのは、彼女の「美しい名字」のおかげ。
霊感というものは、いつどこでどんなかたちで授けられるか、まったく予想だにできない。

しかし、スチュワーデスはいったん奥の院に引っ込むと、そんな話で楽しく盛り上がっているようで、なんとも愛らしいが、そのあと様々な苦労談やエピソードなども聞き、また、彼女たちがいかに日頃、厳しい訓練を積んでいるかなどということも知り、僕もいい経験になった。
今年の元旦、羽田空港で起きた自衛隊機との接触事故で、乗客全員をひとりの犠牲者も出さずに脱出させることができたのは、決して奇跡ではない。すべてこういった、常なるトレーニングの賜物以外のなにものでもない。

僕自身も、いつなんどき誰が視線を向けているかわからないので、たとえ飛行機に乗る時でも、決してだらしない恰好はせず、いつもきちんとしていなければだめだなと改めて思った次第。

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それから二年半、黒川泰子さんという、素晴らしいベテラン・シャンソン歌手の出現によって、ようやく初演を迎えた「イェルマ~ラ・ロメリーア~」。

あたかもロルカの魂を宿したかのような、素晴らしい泰子さんのパフォーマンスは、横でギターをプレイしながら、まさにゾクゾクっとくるものだった。

素晴らしい女性たちにサルー!

ピアソラに捧げる魂のギターソロ(東京公演ライヴ収録ビデオ)3

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20世紀最高の音楽改革者のひとり、アストル・ピアソラに捧げた三つのパフォーマンスの最終弾は、ピアソラ作品でも最も人気の高いナンバーのひとつ、「忘却(オブリヴィオン)」と、ピアソラの師匠格的存在であった名バンドネオン・プレイヤー&サウンドクリエイター、アニバル・トロイロの傑作曲「最後の酔い(ラ・ウルティマ・クルダ)」のメドレープレイ。

どちらも歌が入る、いまも多くのポルテーニョ(ブエノスアイレスっ子)たちに愛され続けている名曲だが、ここではギターソロにアレンジしたものをプレイ。
冒頭では、ピアソラの、ギターとフルートのための全四楽章組曲「タンゴ物語」第二楽章”カフェ1930”のオープニング・ギターソロ部分を序奏として用いている。

前二曲同様、まったくの無修正ライヴ一発どり。
いきおいあまったミストーンもあるが、これが僕のギターサウンド。
お楽しみいただければ嬉しい。

アンダルシアとの素晴らしい縁

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“大竹史朗さんにブラボー、彼の絶妙な感性と、スペインの詩への愛に驚きました。この若い芸術家は日出ずる国の日本人。東洋の偉大な人々は、芸術と文化において見習うべきモデルです。

大竹史朗さんはスパニッシュ・ギターをとても素晴らしく演奏し、コルドバの画家フリオ・ロメロ・デ・トーレスの絵画は、フェデリコ・ガルシア・ロルカに捧げられたミゲル・エルナンデスのこの素晴らしい詩を飾るのに最も適しています。
美しい南アンダルシア、マラガより心からのご挨拶を。美と愛は永遠であり、世界中の人々を結び付けます。”

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これは先日、僕のガルシア・ロルカ・インスピレーションによるギター曲をYouTubeで聴き、大感激してくれた、スペインのマラガに暮らす、あるベテランの演劇人から贈られた言葉。

嬉しかったので、お礼の返事をしたところ、さらに彼から、“自分はいつまで生きられるかわからないから、もしよければ、私の朗読の音源をあなたに託したい。あなたの音楽と一緒に私の声が残るなら、本当に嬉しく思いますが、いかがでしょう?”という丁寧な連絡を受け、一も二もなく、この願ってもない申し出を受けた。

本場アンダルシアの、芸術に携わる優れた人物の朗読する詩の音源。それはまさに、今の僕が喉から手が出るほど必要なものだった。

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他人の屋敷の庭に咲き誇る花の種をひとつもらって、それを自分の小さな家の庭に、さらに美しく咲かせようとするなら、それは決して数年でできることではない。何年も何年もかけて研鑽を積み、そして果てしない実践を繰り返す以外に道はない。

アルゼンチンとスペインという「他国の文化」を、外国人である自分自身はもちろん、本国の人々が納得のゆく「血と肉」へとリクリエイトする作業は、おそらく死ぬまでかかるだろう。
しかし、いま僕は、こうしていろいろなところで素晴らしい協力者に恵まれ、表情はとても明るい。

ピアソラに捧げる魂のギターソロ(東京公演ライヴ収録ビデオ)2

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大成功をおさめた東京二公演において、僕はいずれも三曲のアストル・ピアソラ・オマージュ・ギターソロ曲のプレイを行った。

全回ご紹介したのは、完全な僕のオリジナル作品の「ドブレ・アーの嘆き」。

今回は、ピアソラの名曲中の名曲「アディオス・ノニーノ」と、「天使のミロンガ」を自分でギターに編曲したものを最初にプレイ、そして後半、それらをインプロヴィゼーション展開させてオリジナルソロへとつなぐ、「天使のダンス三部作」を、ライヴ一発撮り、当日お客様が聴いたままの、完全無修正による生のサウンドをお楽しみいただければ嬉しい。

ドブレ・アーの嘆き」もそうだが、僕はつねに、ひっそりとした森の中に、神秘的な泉のようにたたずむ「主題」が、じょじょに大きな波とともにエネルギーとエモーションを湛えながら、一切の反復形式を持つことなく展開し、8~9分ほどでクライマックスを迎えて終結する、そんなスタイルのソロのクリエイトを心掛けている。

その最高作品をクリエイトしたのが、スペインの不世出のプレイヤー、パコ・デ・ルシアだった。

彼が生前、ライヴの際にオープナーとしてプレイしたソロは、いくつかパターンがあったが、いずれも同じ展開を持った、一切の反復形式を持たない、まさに「カンテホンド(アンダルシア文化の根幹といえる“深い歌”と訳されるもの)の極地的インプロヴィゼーションで、それらは今も僕を心酔させる。

ピアソラ以外に、現在の僕のクリエイションを支えるガルシア・ロルカは、生前、カンテホンドとフラメンコの違いを問われた際、“現在歌い踊られているフラメンコは、カンテホンドの退化でしかない”という発言をした。

ロルカとフラメンコを決して結びつけてはならない。
僕は、カンテホンドの真髄は、南米、特にアルゼンチンに受け継がれていると信じている。

天使のダンス三部作」は、もちろんピアソラに捧げたものだが、同時にこのナンバーは、フラメンコのスタイルを持たない、最高のギタープレイヤー、パコへのオマージュでもある。

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よく驚かれるが、僕は自分のギターソロ曲の楽譜を書かない
もちろんこの「天使のダンス三部作」も、前記の「ドブレ・アーの嘆き」も、楽譜は存在しない。

上記の写真は、親しいニューヨーク在住の書道家・院京昌子(いんきょうまさこ)さんと、クイーンズのコーヒーショップでのひととき。
この日彼女は、僕に、書の道をゆくものの大切な心得のひとつである、「連綿(れんめん)」という言葉について語ってくれた。

それは文字と文字の間を紡ぐ筆の、言葉や理屈で表すことのできない真空的極意だが、僕が自分のギター曲を楽譜に書かないのも、まさにそこにある。

楽譜では書き表わすことのできない、音と音の間の「連綿」。
この日はいい話を聞けて本当に嬉しかった。僕はいつも、この素敵な女性から多くを学ぶ。

来年1月26日に決定している東京公演も、彼女が素晴らしい「連綿」によるパブリシティ用のタイトル題字をプレゼントしてくれた。

この場を借りて、院京昌子さんに心から感謝の意を表します