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ニューヨーク日記

‘Requiem ~Dead from Love~’ 12/8/21 at Yamaha Hall Tokyo 「愛の死 ~レクイエム~」12月8日東京銀座ヤマハホール初演

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Estoy finalmente preparando para viajar a Japón después de 2 años para estrenar ‘Requiem ~ Muerto de Amor~‘ en diciembre.

Este video es una presentación en vivo de ‘Soledad Montoya (Romance de la pena negra),’ mi obra para solo de guitarra dedicada a Federico García Lorca, grabada en vivo durante mi exitoso recital en La Paz, Bolivia en 13/10/17.

Igual como ‘Muerto de Amor (solo de guitarra),’ es la que representa a ‘Cante Jondo Iberoamericano,’ mi totalmente nuevo estilo de aquí a adelante.

Muerto de Amor ~Requiem~‘ en que estrenaré en diciembre en Tokio sera mi sintética obra que quería verdaderamente representar por años.

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I’m finally preparing for my tour in Japan in December for premiering ‘Requiem ~Dead from Love~.’

This video is a live performance of ‘Soledad Montoya (Ballad of the black grief),’ my original work for solo guitar (recorded live during my successful recital in La Paz, Bolivia on 10/13/17) dedicated to Federico Garcia Lorca, which represents ‘Cante Jondo Iberoamericano (South American Deep Song),’ my totally new style just like ‘Dead from Love (guitar solo)‘ from now on.

Dead form Love ~Requiem~‘ which I’m going to premier in Tokyo in December will be my total synthetic work I truly wanted to perform for the years.

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二年ぶりの日本への旅行に向け、現在準備を始めている。

パンデミックの期間、ニューヨークの自宅の押入れのなかで眠っていた未発表音源やライヴのビデオをたくさん公開してきたが、今回はその最終回

ガルシア・ロルカの傑作詩集「ロマンセーロ・ヒターノ(ジプシー歌集)」のなかにおさめられた、ひとりのジプシー娘の姿を通し、民族の悲哀と運命を歌い上げた名編「黒い哀しみのバラード(ソレダー・モントーヤ)」に霊感を受けたギターソロで、2017年10月13日に行い、大成功をおさめたボリビアの首都ラ・パスにおけるライヴ映像を中心に制作したもの。

前記の「愛の死」同様、これからの自分の、本当にやりたかった新しいスタイルである、”カンテ・ホンド・イベロアメリカーノ(南米の深い歌)”を象徴するギター曲だ。

12月8日、東京銀座ヤマハホールで初演する新作「愛の死 ~レクイエム~」は、このふたつを拡大し、ギター二台、ソプラノ、そして朗読を加えた編成で行う。

これは自分にとって、ユパンキの作品を一切プレイせずに、アルゼンチンが生んだ巨匠への最大のオマージュとして上演する最初の作品になるだろう。
自分はこの作品がやりたくて、ここ数年「ロルカ・クリエイション」の活動を続けてきたと言っても決して過言ではない。

今後は、しばらくこの公演の情報が中心になりますが、どうぞ引き続きごひいきにお願いいたします❤️

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黒い哀しみのバラード 

ニワトリたちが大地をつつき始める オーロラの夜明け
暗い山から ジプシー娘 ソレダー・モントーヤがおりてくる

銅色のからだ 馬と影のにおい
豊かな胸 円形のうめきの歌がひろがる

ーソレダー、あんた なんだって こんな夜明けにひとりで歩いてるの?

ーあんたには関係ないでしょ
あたしは あたしの喜び そして あたし自身を
あたしの探すものを さがしにきたんだから

かわいそうなソレダー
暴れ馬のように 海にたどりつくと
波が 彼女を呑みこんでしまう

ーあたしに 海を思いださせないでおくれ
木の葉のさざめきの下にひろがる 黒い哀しみ

ソレダー、なんて深いあんたの哀しみ!
あんたの涙は まるでレモン汁のよう
そして あんたの希望は まるで口のなかのサワーのよう

ーなんて深い哀しみ!
あたしは狂った女のように 家に走りもどる
台所からベッドまでとどいてしまいそうな 
あんたの 長いおさげ髪

ーなんて深い あんたの哀しみ!
糸で編んだ あんたのブラウス
アマポーラのような あんたの腿

ーソレダー、あんたのからだを アロンドラの水でお洗い
あんたの心が いつも安らかでいられるようにね
ソレダー・モントーヤ

空の下 木の葉が舞い
オリーブの大地がひろがる
カラバーサの花とともに 新たな希望が燃えあがる

ああ!ジプシーの哀しみは
いつもきれいで ひとりぼっち
川底で泣いている 遠い夜明けのように!

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この詩は、実際は、ロルカ自身とソレダー・モントーヤという名のジプシー娘との会話のようなかたちで展開するが、ぼくはそれを、ソレダーと、少し年のいった(ジプシーではない)アンダルシア女との会話に変えて訳してある。

前にも記したが、僕の翻訳は、公的出版を考えるようなものではなく、自分が音楽としてプレイする上での、役者でいえば”演技メモ”のようなもの。

もちろん内容を曲げているようなことはないが、細かいところに、僕自身が感じるような訳をしている部分もあるので、そのあたりはどうぞご了承ください。

Song of the birds ~the voices of the animals~ 「鳥たちの歌」失われゆく森に暮らす獣たちの声 

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Es mi obra para solo de guitarra homenajeado a Jefe Seattle, que representa a las voces de los animales que ha estado perdiendo sus hogares para vivir por la estúpida destrucción de los hombres.
Grabado en vivo durante mi recital en la sala principal de Yamaha Hall Tokio (13/11/15.)

This is my original guitar solo dedicated to Chief Seattle, represents the voices of the animals have been loosing their home by the stupid nature destraction by the human being.
Recorded live at Yamaha Hall Tokyo during my recital on the 13th of November, 2015.

2015年11月13日、東京銀座のヤマハのステージにおけるライヴ録音

ニューヨークではよく、クマをはじめとする獣たちが人里に現れ、ときには民家に入り込み、冷蔵庫を開けたりする光景がニュースとして報道される。

また、昨年の12月には、はるか離れた森林で伐採されて運ばれてくる、恒例のロックフェラーセンターのクリスマスツリーのなかに、フクロウが紛れ込んでいたことが話題となった。

こうした出来事を、ゲタゲタと笑いながら、愉快なこととして報道するアメリカのキャスターたちを見ると、自分は途方もない怒りの感情に全身を覆われる。

クマは頭の良い動物だ。
人間の暮らすエリアに来ることが、どんなに危険なことか十分承知している。

ではなぜ、リスクを冒すのか?
それは、人間が己(おのれ)の生活のために身勝手な森林破壊を行うことで、食べ物や住む場所を失うからにほかならない。
それだけ彼らの暮らしは、いま逼迫した状況にあるのだ。

この曲は、愚か極まりない自然破壊の犠牲になる森や野山のいきものたちの声を、ギターのソロとして表現したナンバー。
1866年に死して今なお、アメリカで最も尊敬されている、アメリカン・インディアンの族長のひとりである、チーフ・シアトルへのオマージュとして作曲した。

もちろん、西海岸の都市シアトルは、この偉大なるチーフの名に由来するものだ。

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自分は、現在のパンデミックや気象変動による災害は、すべて思い上がった人間たちへの天からの警告であり、制裁であると考えている。

ロックフェラーセンターのクリスマスツリーは確かに美しい。
しかし、いきなり足を切られ、空気の悪い街中に連れてこられ、からだじゅうを電気のワイヤーでがんじがらめにされ、挙句の果てに焼却処分にされる木にしてみればどうだろう?

木々は生命を持ち、呼吸している
そして(愚かな我々人間に聞こえないだけで)言葉も話し、他の獣や植物たちとコミュニケーションをとっているのだ。

本来、フクロウが木のなかに紛れ込んでいたと知ったその瞬間、もうこのような愚かなことはやめようとするのが、天の恵みと恩恵に預かることで暮らせる人の道のはずだ。

人間たちが(木を一本伐採するだけで、同じ地球上に暮らす自分たちの仲間がどれだけ住む場所を失うかということを思い知り)すぐさま不必要な自然破壊をやめ、かつくだらない利権がらみの殺し合いをやめない限り、天からの制裁は永遠に続くだろう

今回のビデオには、200年後の現在をすでに見透かしていたような、チーフ・シアトルの言葉(英語、スペイン語、日本語で表示)を冒頭に引用してある。

Muerto de Amor (García Lorca) ‘Dual Live 南米のカンテホンド(深い歌)「愛の死」2都市デュアルライヴ

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Una doble interpretación en vivo (Seúl y Tokio)de mi obra con tres movimientos, en que simboliza más de mi nuevo estilo, ‘Cante Jondo Iberoamericano‘ en este momento, inspirada por ‘Muerto de Amor (Romancero Gitano)‘del legendario poeta español.
Muchas gracias a las cuatro extraordinarias bailarinas de ‘Changmu Modern Dance Company,’ a quienes hicieron una gran colaboración para hacer mi obra verdaderamente fantástica.

A dual live performance (Seoul & Tokyo) of my three parted guitar suite which symbolizes my new style, ‘Cante Jondo Iberoamericano (South American Deep Song)’ mostly so far, inspired by ‘Dead from Love (Gypsy Ballads)‘ by the legendary Spanish poet.
I’m truly grateful with the collaboration of the four stunning female dancers of ‘Changmu Modern Dance Company‘ made my work truly fantastic.

僕は、7年ほど前、パコ・デ・ルシアの遺作となったアルバム「アンダルシアの歌」を聴いて、自分が深く携わるアルゼンチンの伝統音楽の故郷は、紛れもなくアンダルシア文化の根幹を支える「カンテホンド(深い歌)」にあると確信した。

そして僕は、それを自分自身のギターでサウンド表現し、さらにそこから新たな音楽をクリエイトするために、その作業の最も核となるマテリアルとして、誰よりもカンテホンドを深く理解し、そして愛したガルシア・ロルカの詩作を大幅にモティーフとして導入し始めた。

今回のライヴ・ビデオは、これこそが今の僕のシグナチュア・カラーであると言える新しいスタイル「カンテホンド・イベロアメリカーノ(南米の深い歌)」を、目下のところ最も象徴しているナンバーで、ロルカの傑作詩集「ロマンセーロ・ヒターノ(ジプシー歌集)」のなかの名編、’愛の死’に霊感を受けた、全三楽章による、モダンダンスをフィーチュアしたギターソロ。

高度なテクニックと、深い精神性による素晴らしい舞踊を披露してくれたのは、韓国を代表する現代舞踊団「チャンム(創舞)」の四名の女性ダンサー。
現時点で、これは僕にとって最高の’ロルカ・オマージュ’だと思っているが、彼女たちの、心と身体でロルカを理解したパフォーマンスは、まさに圧巻だった。

ビデオは、第一楽章(東京 4/14/17)、第二楽章(ソウル 9/4/17)、そして第三楽章(東京&ソウル)の二元ライヴとして楽しんでいただけるよう構成してある。

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_あの天空の回廊で 光り輝いているものはなに?
娘よ、扉を閉めておくれ もう11時になるよ
_あたしの瞳には 四つのランタンが輝いているように見えるけど…
きっと 天空の回廊では 人々が銀を磨いているんだろう

*

苦悩の銀のガーリック
沈みゆく月が 金色の髪を 金色の塔にからませている
夜が震えながら バルコニーの窓ガラスを叩くと
夜を知らない 千匹の失われた犬たちが
ワインと琥珀の香りとともにあらわれる

濡れた葦のそよ風と 老いた声のさざめきが 
真夜中の枯渇したアーチのうえで ひびいている

眠りにつく牛たちと バラの花
聖ホルヘさまが そのまばゆい輝きとともに 
ただ 天空の回廊で光を放っている

谷に暮らす 哀しみの女たちが血を流す
切り取られた花の静けさと 若い肢体の苦み

川に暮らす 老いた女たちが
山の麓で 泣いている刹那

ライムのファザードが 白い正方形の夜を身にまとう
堕天使とジプシーたちが ギターを奏でている

母さん、もしあたしが死んだら
素敵な男の人たちに あたしを探してもらってね
北と南へ送られる 蒼い文字の電報を打って
みんなに知らせてちょうだい

*

七つの叫び、七滴の血、
そして七本のアドルミデーラの花が
暗いサロンで おぼろ月を引き裂く

あたりは 切り取られた手首と 花冠でいっぱいにあふれ
誓いの海が どこかあたしの知らない場所で こだましている

そして 突然の森の静けさに 扉を閉める空
あの天空の回廊で 光が叫び声をあげているあいだに

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この詩は、ロルカ自身と彼の母との会話のような雰囲気で始まるが、僕は、若いジプシー娘と、彼女の母親とのそれに変えて訳している。

その他、たとえば、原文では堕天使とジプシーたちが奏でているのはアコーディオンだが、それをギターに変えるなど、僕自身の判断による(詩人を最大限リスペクトしたうえでの)多少のスイッチもある。

僕の翻訳は決して公的に出版を考えるようなものではなく、あくまでも自分自身の音楽をプレイするうえでの、俳優でいえば「演技メモ」のようなもの。

そこを理解して、音楽とともに楽しんでいただければ嬉しい。

このロルカの前衛世界にピッタリの絵画は、やはりアンダルシア(コルドバ)に生まれた大画家、フリオ・ロメロ・デ・トーレスによるもの。

‘Duerme, niño indio’ Una distinta cuna de Atahualpa Yupanqui 「おやすみ、インディオの坊や」南米先住民の運命を謳うユパンキの子守詩

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Una interpretación en vivo de ‘Duerme, niño indio,’ mi obra original para solo de guitarra inspirada por la fenómeno poema del gran argentino.

A live performance of ‘Sleep well, Indian boy,’ my original work for solo guitar inspired by the stunning poem written by the Argentine maestro.

ユパンキの傑作詩集「インディオの調べ」のなかに、「おやすみ、インディの坊や」とタイトルされた、曲が付けられていない子守歌風の詩がある。

やはり同詩集におさめられた、日本でもよく知られている、どちらかというと幻想的でドリーミーな内容の「眠れるインディオの子」とは全く異なる、南米先住民の悲哀と運命をきびしい視線でみつめたものだ。

僕は、4年ほど前、ガルシア・ロルカの文学にインスパイアされたギター曲の作曲を開始したが、その際、下準備として、ロルカの全作品集および、彼のエッセイやインタビューに至るまで、可能な限りの文献を原語のスペイン語で読みあさった。

結果(これは自分でも少々驚くことになったのだが)、ロルカの詩を原語で読めば読むほど、改めてユパンキという、南米出身の稀有なミュージシャンが、いかにこのスペインの大詩人に(詩作のうえで)大きな影響を受けていたかということを強烈に感じることになる。

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ユパンキの詩の世界には、少々言葉を悪く言うと、”ロルカ・パクリ”といえるようなフレーズがかなり多く存在する。
たとえば、”月をはじめとする自然界の”隣人”たちや、民族音楽のリズムを擬人化して話しかける手法、さらに、””による比喩表現や、”四つの色のポンチョ、四つの山の道”など、固有名詞の前に数をつけた幻想的表現などは、まさにロルカからの多大なる影響と言って間違いない。

それは、どちらの詩も原語で読まないとわからない

おやすみ、インディオの坊や」は、ユパンキのロルカ的フィーリングが全編にわたって溢れでているもの。
ユパンキの詩作には滅多に出てこない(ロルカの詩にはしょっちゅう出てくる)””や””という言葉が頻繁に顔をのぞかせる、まさにロルカの影響があからさまに出たような、とても珍しい作品と言えるだろう。

ロルカは、こういった手法を用いて(南米のユパンキにとってのインディオであった)彼の故郷のアンダルシアに共存していたジプシーたちを主題にした作品を多く書いた。

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この詩は、とても日本語訳が難しいが、以下、訳したものを記した。
僕のオリジナル・ギター曲とともに楽しんでいただければ嬉しい。
2017年4月の東京公演におけるライヴ

このソロは、どちらかというとあまり残酷で悲哀的な部分は追求せず、すやすやと眠る坊やの、まだ見ぬ明日を優しく見守るような調べとして作曲した。

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おやすみ、おやすみ、インディオの坊や
インディオの月といっしょに 夢を見ておくれ
坊やの 優しい瞳を休ませて
魍魎(もうりょう)や魔女から解き放たれて

川は 石たちのなかで眠っている
谷は 靄(もや)のなかで夢を見る
山のいただきでは 死が爪を研いでいる

いつか 暗い力によって育まれた
坊やの明日が 訪れる
それは 坊やの血のなかに
胸に、歌に、そして月に太陽を照らす

すでにハチミツと、愛と苦みに満ちた
正気を取り戻した時代が やってきている

やがて坊やは 何世紀にもわたる静寂を大地に吐きだす
そして 夢と歌と、月の血を流す

坊やは 死ぬことなく命を失う
靄の中の 谷のように

おやすみ、おやすみ、インディオの坊や
この世が 坊やのものであることを夢見ておくれ
風の中で 坊やの夢を叫んでおくれ
坊やの *ビクーニャたちの自由を

ああ、荒野に生まれた運命(さだめ)と哀しみ
ああ、坊やの銀の丘
ああ、坊やのインディオの歌
ああ、暗い血を持つがゆえの 祝福された罪
狩人たちが そのなかから現れる
そして彼らは 坊やに釘を打ち付けるだろう

おやすみ、おやすみ、インディオの坊や
インディオの月を 夢見ておくれ
月が 坊やを見守るだろう
魔女たちでうずめく月が

*(アンデス高山に生息する、リャマに似た動物)

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ユパンキの”ロルカ・パクリ”は、彼の詩人としての価値を下げるものでは決してない。
どんな芸術家にも、終生憧れ続けた師匠格が存在し、ロルカもまた、彼の前に、偉大なるスペインの詩人、ホセ・ベルガミンがいたことで、あのスタイルを完成させたことは言うまでもない。

みな、偉大なる先人のエッセンスを真似し、吸収し、さらにそこから自分のスタイルを築き上げてゆく。
最も大切なのはそこだろう。

La Fuensanta (Danza Gitana Iberoamericana) Live 「アンダルシアの聖女/南米風ジプシー舞曲」ライヴ

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Una interpretación en vivo de ‘La Fuensanta,’ mi solo original de guitarra homenajeado a Julio romero de Torres, el gran pintor español, y su fina musa, María Teresa López González (1913-2003.)
Fue grabado durante mi exitoso concierto en Tokio en abril de 2017.

A live performance of ‘La Fuensanta,’ my original guitar solo dedicated to Julio Romero de Torres, The stunning Spanish painter, and his finest muse, María Teresa López González (1913-2003.)
Recorded live during my successful Tokyo concert in April, 2017.
Fuensanta‘ is a peculiar word which means ‘Madonna‘ in southern Spain.

2017年4月の東京公演のアンコールの第一曲めは、スペイン、コルドバ出身の大画家、フリオ・ロメロ・デ・トーレスと、彼にとって最高のミューズ(モデル)であったアルゼンチン出身の美少女、マリア・テレサ・ロペスへのオマージュとして、バッハの名曲「無伴奏ヴァイオリンソナタ第1番アダージョ」を、後半アレグロ展開させたオリジナル・ギターソロ。

東京の黒澤楽器日本総本店クラシックギターフロアの皆様のおかげで出会えた、音色と機能性にきわめて優れた楽器、ホアン・エルナンデスを使い、われながら水を得た魚のようにプレイしている。

スペイン語タイトルの「ラ・フエンサンタ」は、アンダルシア南部で「聖女」を意味する、きわめて清らかなものに、どことなく土着の響きが加わった独特の言葉。

このライヴの直後、パフォーマンスに足を運んでくださったギターの恩師・故鈴木巌先生の三宿のご自宅を訪ねると、先生は、ドアを開けるなり;

あのバッハはすごいな!史朗くんはバッハを感覚でとらえている、とても僕には真似できない。あのバッハを悪く言う奴がいたら、僕がケンカするよ!

と、興奮気味におっしゃってくださった。

鈴木先生は長い間、僕のバッハ演奏に関して「面白い」という言い方をされていたが、特に良いとも悪いともおっしゃらなかった。

僕のバッハ解釈に対する、先生からの最後の言葉。
生涯忘れることはないだろう。

鈴木巌先生は、僕にとって、いまも永遠のバッハ・インタープレテーションのヒーローだ。

ビデオのもとになっているライヴシーンの撮影と演出は、日本を代表するドキュメンタリー映像作家・羽田澄子(はねだすみこ)さん。