Homenaje a María Angélica Funes 最高のクラシックギタープレイヤー、マリア・アンヘリカ・フーネスに捧げるバッハ

***

Creo que las interpretaciones de Bach de la guitarrista argentina María Angélica Funes son las mejores.
Su estilo interpretativo es completamente innovador, pero está lleno de profunda emoción sudamericana y un noble espíritu de oración. Siempre he querido interpretar a Bach como ella.

アルゼンチン出身のクラシックギタープレイヤー、マリア・アンヘリカ・フーネスのバッハ解釈は、まさに他に類を見ない。

この傑出した女性の演奏スタイルは、全く革新的でありながら、南米の深い情感と、崇高な「祈り」の精神に満ちている。これは、こんにちの全てのクラシックギター奏者に欠けるものだ。
僕は、クラシックギターの音楽を聴いてここまで感動をおぼえたことは、これまで一度もない。

アルゼンチンの女性ギタープレイヤーといえば、同じマリアさんのアニードが著名だが、その個性あふれる情感とテクニックにおいて、マリア・アンヘリカ・フーネスはおそらく、アニードの数十倍上を行っていたと言っていい。

南米のプレイヤーというのは、なにか宇宙的フィーリングとでもいうのだろうか、本質的に音楽へのアプローチが違う。

上記のビデオは、マリア・アンヘリカのプレイによって聴き、深い感銘を受けた「メヌエットI BWV.1006(無伴奏ヴァイオリン・パルティータ≪組曲≫第3番」を、僕自身でプレイしたオマージュ音源。

パルティータ第3番は、無伴奏ヴァイオリン曲集全6篇になかでも、最も天空的な明るさにみなぎるものだが、特にこの「メヌエット」は、平和な牧歌的美しさにあふれる珠玉の名曲。

ただし、何かひとつ曲をプレイして聴衆をノックアウトする必要があるとき、このナンバーを選ぶ奏者はいないだろう。
この曲ひとつで聴く人の心を打てるプレイヤーは、現在のクラシックギター界にはまず存在しない。
そういった意味で、このメヌエットは「真の難曲」と言えるものだが、今の世の中、こういうことを分かる音楽関係者も決して多くはない。

マリア・アンヘリカ・フーネスは、この世で唯一の「無伴奏ギター」をプレイし得たアーティストと言って間違いない。
僕は彼女のプレイする「メヌエット」を聴き、一撃でノックアウトされた🥊

 

(彼女の録音は決して多くないが、「メヌエットI&IIj」ほか、「プレリュード(無伴奏チェロ組曲第4番)」や「ブーレのドゥーブル(無伴奏ヴァイオリン組曲第1番)」などのバッハ作品が、YouTubeでその卓越したプレイとともに楽しめる。)

***

僕はこのナンバーを、カナダのブラックマウンテン社製の、プレイ中に3種類のトーンスイッチが可能な「アステロイド」と呼ばれるフラットピックの、最も多様性に富むブラックティップを使ってプレイしている。

このピックは(忍者の手裏剣のようなデザインだが)、いずれご紹介する、やはりブラックマウンテン社製のサムピックとともに、僕がいま欲しい音を完全に‘跳ね返し’てくれる、本当に素晴らしい開発だ。

ブラックティップは、ギブソンやフェンダーあたりの、ちょうどヘヴィーとミディアムの中間のような、まるで指でプレイしているようなサウンドが得られ、さらに、ジミー・ペイジがエレクトリックギターでよく出したような「コリッコリッ」という、ピックと弦が擦れる金属音(言ってみればノイズだが….)がパーカッシヴにアクセントつけてくれるのがいい。

ナイロン弦のギターは、こうしてクオリティの高いピックによって、手首の角度を活かしながら弦をヒットすると、ヴァイオリンやチェロのダイナミックなボウイングと同じ、さらには凌ぐ効果をあげることが可能になる。

バッハという人は、大家族を抱えながら、腐り果てたライプツィヒの聖トーマス教会の薄給のなかでやりくりし、常に新しい楽器の発明に情熱を燃やしていた。
彼ほど、現実古楽器と呼ばれる当時の性能の悪い楽器を忌み嫌った人間はいないだろう。

今の世の中で、たとえ性能があがったにしても、バッハの音楽を古楽器アンサンブルなどで弾くことは最低のナンセンスと言っていい。
つねに新しい感覚とトゥールをもってプレイすることが、バッハの音楽を理解する唯一の「道」なのだ。

僕は以前、名前は言わないが、カーネギーホールで、ある人物が率いる古楽器楽団が行ったバッハ作品ばかりのコンサートを聴いたが、弦楽器は当時のままヴィヴラートを使わず、驚いたのは、旧式トランペットは吹奏中にツバが楽器の内部にたまるらしく、吹きて手がしょっちゅうそれをステージの床に振り落としていたことだった。

そんな光景を見てバッハが喜ぶだろうか?

バッハの時代、ギターという楽器は、いまのような優れた機能性を持たなかったので、彼は一曲もこの楽器のオリジナルナンバーを作っていない。

しかし、グリュミオーやカザルスのプレイした彼の無伴奏ヴァイオリンやチェロ曲を聴いていると、この偉大なる音楽の父が、近い将来ギターというきわめて優れた楽器が現れることを見越して、「シャコンヌ」や「サラバンド」にそのフィーリングを託したとしか思えない。

ニューヨーク、ケネディ空港にて✈️

リトルイタリー、ニューヨークの大いなる歴史

ニューヨークのデランシーストリートと、キャナルストリートに挟まれたエリアは、ヨーロッパ系移民たちによって育まれた独特の文化を持ち、とても風情がある。

なかでもリトルイタリーは(このところ他の新興観光地に少々おされ気味ではあるが…)、ニューヨークの大いなる歴史を彩る重要な存在として、いまも(やはり移民の僕の)心を和ませてくれる街だ。

リトルイタリーの中心地、マルベリーストリートにあるオステリア・バロッカは、僕がとても好きなイタリア料理店。

高い天井と、ゆったりとしたテーブル配置で、本格派イタリアンが楽しめます。

ニューヨークへお越しの際は、ぜひどうぞ❣️

「鬼道 ≪邪馬台国のプレリュード≫ 」2026年11月3日「卑弥呼」東京公演PRビデオ

***

今秋11月3日の文化の日、東京三田弘法寺おいて上演が決定している、バイレ(フラメンコ舞踊)とカンテ(フラメンコ歌唱)を大幅に導入する大作スペクタクル「卑弥呼」。

これは、その序曲といえるパートで、とても気に入ってるギターソロ。

僕は、世界最高のギタープレイヤーであったパコ・デ・ルシアが、晩年ライヴでプレイしていた「ルジーア(ルシーア)」という、ポルトガル移民であった彼の母に捧げたナンバーを、今でも何よりも素晴らしいエンターテインメントだと思っている。

その「ルジーア」を、決してパコのマネをすることなく、僕自身の血のなかにある文化と、長年取り組んできたアルゼンチンとスペインのギター音楽とを融合させた、全く新しい独自のクリエイションを創ることが、僕にとって実に15年に渡る歳月を要するものになってしまったわけだが、昨秋のある出会いがきっかけとなり、創作に一気に加速をかけ、ついにここに、僕の故国である大地にモティーフを得た作品の完成に至った。

下記は、あるアルゼンチンのファンから当動画に寄せられたコメント。
非常に詩的な内容で、日本語訳が容易ではないが、ご紹介したい。

***

“音楽はプエブロ(民衆、大地、国家)を結びつけます。音楽ほど慈悲深く、そして残酷なミューズが他にあるでしょうか?
その本質は、私たちを死すべき運命から解き放つ境界線。表面上は、空中で震える桜の花びらのように、時に千もの悲しい結末の重みを背負っているようです。
樹木の腱(すじ)の鉱物から秘密を紡ぎ出す弦の、途切れがちのため息さえ届かない場所に、音楽は無限に広がっているのでしょうか?
音楽の世​​界は、決して単なる記憶に終わることはありません!“

***

こういうことを感じてくれる人物に出会えるからこそ、僕はミュージシャンをやめられない。

”樹木の腱(すじ)の鉱物から秘密を紡ぎだす弦の、途切れがちのため息さえ届かない場所に広がる無限の音楽…」

僕が目指すのは、まさにそんな音楽だ。

Death of an actor ≪Homage to Ahn Sung-ki≫ ある俳優の死≪アン・ソンギさんに捧げるギターソロ≫

***

改年早々、ショッキングなニュースに愕然とした…

韓国の国民俳優アン・ソンギさんが、5日、ソウルで亡くなられた。74歳になられたばかりだった。
白血病のため、闘病しておられることは聞いていたので心を痛めていたが、まさかこんなに早く世を去ってしまわれるとは!

ソンギさんは、僕のソウルでの公演に二度ともかけつけてくださり、ちょうど僕の誕生日とかさなった一度めのときには、公演後ご自宅でバースデーパーティをしてくださった。
本当に心の優しい、素晴らしい方だった。もう一度お会いしたかった… 無念でならない。
ソンギさん、昨夜、僕のかわりに泣いてくれたギターの調べとともに、心からご冥福をお祈りします。

楽器はいい。
言葉のかわりに語ってくれるから。

音楽は、つねに言葉が尽きたところから始まる….

ニューヨークよりハッピーニューイヤー❤️

ハッピーニューイヤー❣️

改年のご吉慶を申し上げます。

大晦日の夜、タイムズスクエアのカウントダウンに際し、超厳戒警備体制のマンハッタンを初めて訪れ、あの大騒ぎの一角を除くミッドタウンは、この夜、すべてこのような状態になるということを初めて知りました。

辻という辻に警官が立っていて、さすがにIDの提示まではないものの、横断歩道を渡るたびに、どこに行くのか説明する義務があります….

ただし警官衆はみな愛想よく、それほどピリピリした雰囲気はありません♪

7番街と53丁目の交差点。

この数ブロック南が、あれだけの大騒ぎになっているとは想像もつきません…..

アンダルシアのレモンと、イタリアの濃厚なハチミツに、アタウアルパ・ユパンキの魂が溶け合う、静寂のグロリエータ(四阿)「カンテホンド・イベロアメリカーノ」の音楽世界

Top