Profile

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ボリビア、ラパスにて、2017年10月

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大竹史朗(Shiro “el Arriero” Otake)

虎ノ門生まれの渋谷育ち。現在ニューヨーク在住のギタープレイヤー、およびサウンドクリエイター。
高祖父は、会津藩士、そしてのちに彰義隊士として幕末を生きた武士。

少年時〜1989年

小学校時代はビートルズに熱中するが、中学一年の時ラジオで聴いたアニマルズの「朝日のあたる家」に感激し、ギターを独学で始める。やがて叙々にスペインや南米の深みのあるギターの調べに惹かれるようになり、13歳のときに、アルゼンチンが生んだ南米フォルクローレの最高峰、アタウアルパ・ユパンキの音楽に感銘を受け、16歳より6年間、クラシックギターを鈴木巌に師事。初年度の門下生研究発表演奏会においてソルのメヌエット(グランドソナタ)をプレイし、優秀演奏賞に選ばれる。が、プロの奏者になる希望は持たなかった。

17歳のとき、マノーロ・サンルーカルの名演を通してその名を知ることになった、スペインの国民詩人ガルシア・ロルカの詩作や戯曲に強く触発され、舞台俳優を志す。高校卒業後は、御茶ノ水文化学院大学部文学科演劇コースに入学。
またこの頃、空手の指導を受けていた如水松濤館流・久保田紹山(くぼたしょうざん)大師範の勧めにより、ジャズダンスを学び始める。

文化学院在学中、フランス文学、モダンバレエ評論のエキスパートであり、同学院の講師を担当していた前田允演出による、ロルカの傑作戯曲「イェルマ」の演出助手を経験し、さらに舞台演劇への情熱を高める。

文化学院中退後、劇団民藝に研修生として一年間所属。

1985年、山田洋次監督の映画「男はつらいよ・柴又より愛をこめて」に、ギターを弾く青年役で出演。自身でアレンジした「七つの子」を劇中で披露する。

1985年から88年までの間、デパートの新聞広告用のファッションモデルをしながら、東京を中心に、ダンサー、アクター、そしてギターとベースのプレイヤーとして数多くの舞台を踏む。
1988年3月、大和田伸也主宰の劇団「1プラス1」の旗揚げ公演に出演したのを最後に、日本での活動に限界を感じ、より広い世界を知るため、同年8月単身渡米

当初はダンスに力を入れていたが、ロスアンジェルスのホテルショーに出演時に足を怪我し、踊りの道を断念。そんな折、ユパンキの名曲「ギジェルマおばさんに捧げる歌」に歌われた老婆の実の孫で、ニューヨークを拠点に活動するフォルクローレ歌手、エドワルド・マルティネスとの奇跡的かつ運命的な出会いにより、音楽の世界へ回帰。ニューヨーク、クイーンズ区のラテンアメリカ系住民が集まるライヴバーやレストランで数多くのギター演奏を行う。翌89年には、エドワルドの強い推薦によりアルゼンチンのユパンキの別荘に招かれ、直接の奏法指導を受ける

1992年〜2000年

1992年、ユパンキの詩に作曲した‘ヒロシマ~忘れえぬ町’が、ユパンキ本人より共作曲として正式に認可を受け、4年ぶりに日本に凱旋帰国。広島市、ゲバントホールをはじめ、各地でデビュー公演を開催。以降は、ニューヨークを拠点に幅広く演奏活動活動を行う。1993年には、ブエノスアイレスのカトリック大司教アントニオ・カラチーノのニューヨーク公式訪問の歓迎セレモニーで演奏。大司教より、「日本のユパンキ」と祝福を受けた。

1992年5月、ユパンキが84歳で死去。同年、東京のニッポン放送が、広島でのデビューコンサートおよび、ニューヨーク取材なども含む1時間ラジオ番組「新国際人~シロ・オオタケ~」をオンエア。

1994年、演奏活動を本格化。ユパンキの名曲にちなんだ芸名”シロ・エル・アリエーロ(牛追い)”を名乗り、初CDアルバム「ルナ・トゥクマナ」をよりリリース。ニューヨークのFMクラシック専門局WQXRの人気パーソナリティー、ロバート・シャーマンによって「ユパンキ芸術のチーフ・プロパゲーター」と評され、大きく紹介を受ける。
同年、アイスランド独立50周年記念コンサートに招聘。首都レイキャビクのオペラハウスおよび大統領官邸にて演奏。また、翌1995年には、マドリード、バルセロナ、そしてブエノスアイレスで初公演、この成功が引き金となり翌96年には、アルゼンチン最大の音楽祭’コスキン’に招演、最も注目の集まるテレビのゴールデンタイムにおけるパフォーマンスは、同国の最大手紙’クラリン’より’日本のユパンキ’と絶賛報道を受けた。

1997年、石川啄木の短歌をフィーチュアーしたオリジナル全四楽章組曲「ナンブ」を発表。日本の大女優・長岡輝子の朗読リサイタルに招待を受け、同作品を披露する。同年、二枚目のCD「コンドルビウェラ」をリリース。ユパンキ作品がほとんどだった前作に対し、大幅にオリジナル曲を取り入れ、フォルクローレと、日本人である自身の音楽との融合に成功。邦題「コンドルは飛んでゆく」として日本国内盤としても発売される。

1998年、南米パタゴニアの先住民の子供達に寄付活動を行うニューヨークの非営利団体’アタウアルパ・ユパンキ基金(Atahualpa Yupanqui for Indian Children)’より功労賞メダルを授与。しかし同年、ユパンキを演奏するミュージシャンとしての進路について若干の迷いを感じ、ボストン・マサチューセッツ工科大学キリアンホールにおけるリサイタルを最後に、音楽の現場から1年半遠ざかる。

1998年、盟友エドワルド・マルティネスがガンのため、42歳の若さで死去。

2000年〜2010年

2000年以降は、フォルクローレという既存の枠組みに捉われないユニークな自作レパートリーの創作に情熱を傾け、2000年秋、ポーランドとフランスのツアーから音楽活動に復帰。2002年には初の中米3カ国ツアー、この成功により2004年にはパナマ日本国交樹立100年記念リサイタルをパナマシティーで2回行い、続けて中南米4カ国ツアー。
そして2007年には、ポーランドのクラクフ、および世界遺産ヴィエリチカ岩塩坑でのコンサート、およびペルーのマチュピチュでスペシャルコンサートをそれぞれ行った。

ワルシャワでは、敬愛する映画監督、アンジェイ・ワイダの自宅に招かれ感激。)

また、2002年にはモスクワのアヴァンギャルド・ライヴハウス’ドム’において初フル公演を行う。

一方、日本でも精力的に活動を行い、2004年には、盛岡の石川啄木記念館に招かれ、啄木生誕110年祭記念公演を行い、同年、翌2005年には、東京オペラシティーにおいて2年連続公演。また、2007年には、銀座王子ホールで初公演。さらに2008年には、恩師・鈴木巌とともに広島に招かれ、広島世界平和記念聖堂において、ユパンキ生誕100年記念リサイタルを行った。

2005年、母校文化学院の創立記念日式典に招かれ、自身の半生を語る特別講義を行う。

2006年には、京都大覚寺に招かれ、尺八の大師範・三好芫山とコンサートを行い、自作曲「テノチティトラン」をデュオで披露。

その後、新たな解釈によるヴィラ=ロボスの演奏、そしてさらにユパンキの文学にバッハの音楽を融合させた独自のアイディアによる‘アルゼンチン風バッハ’が評価を受け、2009年、2010年、二年連続でカーネギーホールに招演。ユパンキ、バッハ、ヴィラ=ロボス、そして自作曲を披露し大成功をおさめる一方、日本の大女優・香川京子の朗読とのコンビにより、日本語版’アルゼンチン風バッハ公演を2010年と2011年、それぞれ東京で行うなど精力的に活動。2009年8月には、NYアルゼンチン総領事館の招きを受け、同公館内ホールにおいてリサイタル、「アタウアルパ・ユパンキの芸術を讃えて」を行い、また9月には、メキシコシティーに招聘。日本メキシコ友好400年を記念するリサイタルを、テノチティトラン・アステカ大神殿遺跡において行い、それぞれ大成功をおさめる。

2009年から2011年まで、ニューヨークのエキサイティングな水上コンサートスポット「バージミュージック」に三年連続出演。特に2010年には同会場で、クラシックギターの恩師、鈴木巌を日本から招きジョイントコンサートを行い成功をおさめる。また、2010年には、米国ミドリ財団の依頼を受け、ニューヨークのデューク・エリントン小学校を訪問。子供たちのギタークラスの指導を行った。また同年、日本ポルトガル協会の依頼により、日葡修好通商120年の公式記念歌「想い出のリシュボア」を作曲。

2010年、ニューヨーク、ミッドタウンのグスタヴァス・アドルフス教会礼拝堂で行われた、アルゼンチン建国200年を記念するリサイタルにソリストとして選出を受け演奏。大成功をおさめる。

2011年〜2016年

2011年、CD‘カミナンテ’に収録した‘ヒロシマ~忘れえぬ町’が、‘ラテン音楽名曲名演ベスト111(竹村淳著/アルテス・パブリッシング社)’に選出される。

2012年8月には、NYアルゼンチン総領事館主催により、ユパンキ没後20年記念リサイタルを行う。また2013年暮れには、東京で行われた日韓文化交流基金創立30周年を記念する友好コンサートに招待を受け、朝鮮半島の伝説から作曲したフルートとギターのための組曲’ハンアの舞’を初演して成功をおさめた。

2012年4月、再び母校文化学院創立記念日式典に招かれ、特別講義を担当。この模様はアルゼンチンのメディアによって大きく報道された。

2013年6月、東京でNHKラジオ番組「明日への言葉」にゲスト出演。大きな反響を呼ぶ。

2014年1月、アルゼンチン、コルドバ州政府の招聘により同州をツアー。政府より「ユパンキアーノ(ユパンキを専門とする芸術家)」の公式表彰を受け、南米民俗音楽の奏者としての存在を確固たるものとする。

6月公開の日本映画「無花果の森(小池真理子原作、古厩智之監督)」のサウンドトラックを担当。4月には東京のプレミア試写会に招待を受け、舞台挨拶および劇中音楽をライヴで披露、またその一週間後には、銀座ヤマハホールにおいて渡米25年を記念するリサイタルを行った。

6月にはパラグアイとアルゼンチン計4都市をツアー。アルゼンチン政府より公式依頼を受けて作曲した、同国の国民詩人レオポルド・ルゴーネス生誕140年を記念する合唱つき組曲’神々の炎’を初演。各地で大成功をおさめ、南米最大のネットワークABCより’ユパンキの神の申し子’との絶賛報道を受ける。

7月、初のライヴアルバム「イベロアメリカーナ/ライヴ」を全世界発売。
すぐにドイツで5スター評価を受け、アメリカの大手ミュージックストアーにおいて、2015年1月、売上ランキング1位を記録する。

2016年1月31日、ユパンキ108回目の生誕記念日に、再び新作アルバム「ラネモーヌ/アネモーヌの乙女」をリリース。

2017年〜現在

新たなギター音楽カテゴリー「カンテホンド・イベロアメリカーノ(南米の深い歌)」確立を目指し、モティーフとしてガルシア・ロルカの文学を大幅に自身の音楽に導入。2017年3月、スペイン政府の後援を受け、ニューヨークにおいて、ロルカ没後80年を記念する新作組曲「ラ・ギターラ」を初演。続いて4月には、6年ぶりに香川京子とのコンビで「ラ・ギターラ」を東京初演。それぞれ成功をおさめると、5月にはニューヨークの国連本部に招待を受け、”バッハ、ロルカ、ユパンキへのトリビュート”と副題したスペシャルコンサート「Peace is…Homenaje(オマージュ)」を行い、大成功をおさめた。

また9月には、韓国を代表する現代舞踊団「チャンム(創舞)芸術院」の招聘を受けてソウルを訪問、同舞踊団主催による芸術祭のメインパフォーマンスとして、20分の舞踊版に再構成した「ラ・ギターラ」を四名の女性ダンサーとともに初演。成功をおさめる。

2017年10月、南米ウルグアイとボリビアをツアー。ウルグアイの首都モンテビデオでは、女優アレハンドラ・ウェイグルと、またボリビアの首都ラ・パスでは歌手ベアトリス・メンデスとともに、「ラ・ギターラ」をさらに拡大した朗読とギターのための新作「ロルキアーナス・イベロアメリカーナス(南米風ロルカ)」を披露。二回のリサイタルを行い大きな成功をおさめた。

2018年6月、世界一周豪華クルーズ「飛鳥II」に、メインパフォーマーとしてニューヨークから招聘。計3回のパフォーマンスを行い好評を博した。

同年8月、ニューヨーク国連日本大使公邸にて、マーサ・グラハム舞踊団の折原美樹との共演によりスペシャルコンサートを行う。
また、同年11月、スペイン人女性フラメンコダンサー、ベゴーニャをマドリードから招き、南米とスペインの音楽融合を試みた自身初プロデュースによるスペクタクル「ラ・フエンサンタ〜アンダルシアの聖女〜」を東京で上演。成功をおさめた。

同年12月、ニューヨークにおいて、趣味で続けているフェンシングの練習試合中、左薬指先端を大きく切り、8ヶ月間演奏活動を中断。翌2019年11月、東京で復帰公演を行い、リハビリ中に作った、ロルカの傑作詩集「ロマンセーロ・ヒターノ(ジプシー歌集)」に霊感を得た新作ギター組曲「ソレダー・モントーヤの黒い哀しみ」を初演する。

2020年4月、東京銀座ヤマハホールで予定されていたリサイタルを、世界的パンデミックのため、翌2021年12月8日に延期。二年ぶりに母国に帰国し、「愛の死〜レクイエム〜」を初演した。

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英語、スペイン語に堪能。フランス語、ポルトガル語、そしてイタリア語も会話可能。
ニューヨークにおいて、マーラ・ウォルドマン、およびクリスティーン・カリーナにクラシック歌唱法を師事。

如水松濤流空手初段。趣味はフェンシング(sabre)、映画鑑賞、読書、および音楽ビデオ編集。

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最も好きな映画ベスト25は:
ジャン・ルノワールの「大いなる幻影
アンドレイ・タルコフスキーの「」、「惑星ソラリス
黒澤明の「デルス・ウザーラ
オーソン・ウエルズの「マクベス
テオ・アンゲロプロスの「アレクサンダー大王
ピエル・パオロ・パゾリーニの「奇跡の丘
ルキノ・ヴィスコンティの「若者のすべて
ミゲル・リッティンの「アルシノとコンドル
クラウス・キンスキーの「パガニーニ
アンジェイ・ワイダの「ダントン
溝口健二の「残菊物語
マイケル・カコヤニスの「イフゲニア
パウロ・ローシャの「恋の浮島
ヴェルナー・ヘルツォークの「フィッツカラルド
ジョージ・スティーヴンスの「ジャイアンツ
ダラス・バウアーの「不思議の国のアリス
シドニー・ルメットの「狼たちの午後
ローレンス・オリヴィエの「ハムレット
フランシス・フォード・コッポラの「ゴッドファーザー・パート2」 
デニス・ホッパーの「イージーライダー
小林正樹の「三つの愛」、「人間の条件

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好きな花は:
アネモネサンダンカ(サンタンカ)

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好きな街は:
パリ

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これまで最も印象に残った土地は:
アウシュビッツ強制収容所跡

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好きな言葉は:
人生とは、歩き回る影に他ならない哀れな役者。ほんの自分の出のときのみ舞台の上で、みえを切ったりわめくだけの、やがては消えてなくなる、なんの意味も持たない白痴の馬鹿騒ぎ
Life’s but a walking shadow, a poor player That struts and frets his hour upon the stage And then is heard no more. It is a tale Told by an idiot, full of sound and fury Signifying nothing.(「マクベス」より)”

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尊敬する人物は:
マキシミリアーノ・マリア・コルベ神父
ジョン・ロバート・ルイス(米国民主党下院議員、公民権活動家)
李舜臣(イ・スンシン)

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好きな文学は:
ゲーテの「クリステル」、「すみれ」などの、ヴェルテル時代の抒情詩
フェデリコ・ガルシア・ロルカの「イェルマ」、「血の婚礼」、および「ジプシー歌集」、「カンテホンド詩集」
三島由紀夫の「近代能楽集」
シェイクスピアの「マクベス」、「ハムレット」、および「ロミオとジュリエット」
エウリーピデスのすべての出版作品
島崎藤村の「惜別の歌」
宮沢賢治の「雨ニモ負ケズ」
チェーホフのすべての戯曲作品
アタウアルパ・ユパンキの「エル・ギタリスタ(インディオの調べ)」

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素晴らしいと思う日本人サウンドクリエイターは:
冨田勲
三善晃
木下忠司

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素晴らしいと思うサウンドクリエイター(ミュージシャン)は:
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
ヨハン・セバスティアン・バッハ
エイトル・ヴィラ=ロボス
ミキス・テオドラキス
アタウルフォ・アルヘンタ
モデスト・ムソルグスキー
モーリス・オアナ
ガトー・バルビエリ
マノーロ・サンルーカル
ニコロ・パガニーニ
カルロス・ロペス・ブチャルド
アニバル・トロイロ
アストル・ピアソラ 
パコ・デ・ルシア
ミシェル・ルグラン
マイルス・デイヴィス
そして
アタウアルパ・ユパンキ

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素晴らしいと思うソングライターは:
スティーブン・フォスター
アンドリュー・ロイド・ウエッバー
ポール・マッカートニー

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好きな音楽は:
ヴィラ=ロボスの「ブラジル風バッハ第8番」およびすべての作品
モーリス・オアナの「ハープシコードとオーケストラのためのサラバンド」、「ある闘牛士の死に捧げるラメント
ガトー・バルビエリの「エンコントロス
カルロス・ロペス・ブチャルドの「荷車車夫の歌
パコ・デ・ルシアの「ルシーア(ルジーア)
アストル・ピアソラの「ドブレ・アーの哀しみ
ムソルグスキーの組曲「展覧会の絵」およびすべての作品
マノーロ・サンルーカルの「タウロマヒア
そして
マイルス・デイヴィスの「ダイレクションズ

最も好きなギター(ソロ)音楽は:
マノーロ・サンルーカルの「ラモン・シヘに捧げる哀歌」、「ガルシア・ロルカに捧げる哀歌

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好きな歌は:
ジョーディーの「朝日のあたる家
ジョン・レンボーン・グループの「べドラムの乙女

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好きな日本の音楽(歌)は:
永田錦心作曲・四竃納治作詞、榎本芝水による琵琶の語りによる「石童丸

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少年時に最も聴きこんだアルバムは:
ホセ・フェリシアーノ 「ライヴ・イン・パーソンVol.1&2」
バート・ヤンシュ「ローズマリー・レーン」
マノーロ・サンルーカル「ライヴ・イン・ジャパン」
アンドレス・セゴヴィア「プラテーロと私」
ジョニー・ウインター「カプチャード・ライヴ」

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好きなアクターは:
ヘルムート・バーガー

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好きなシンガー(バンド)は:
ナタリア・ゴーレンコ
ボビー(ブルー)・ブランド
ドワイト・ヨーカム
ウイングス

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好きなヴィジュアル・アーティストは:
フリオ・ロメロ・デ・トーレス
パブロ・ピカソ

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好きなパフォーミング・アーティストは:
アントニオ・ガデス

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最も素晴らしいと思うパフォーミングアートは:
ベートーヴェンのシンフォニーNo.9

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最も素晴らしいと思うヴィジュアルアートは:
マリソルの「’最後の晩餐’を観ているセルフ・ポートレイト Self-Portrait Looking at The Last Supper」(メトロポリタン美術館蔵)
ミケランジェロの「ピエタ」
ピカソの「ドーラ・マールの肖像」

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2000年5月18日より米国永住者として、ニューヨーク、フォレストヒルズに在住。
特技は乗馬。アメリカのモーターサイクル(限定解除自動二輪)免許を所持。

ニューヨークにて、2022~2023年

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主な使用楽器

・ イグナシオ・ローサスF1(スペイン、1994)

・ ホアン・エルナンデスconcierto S (スペイン、2014)
  ~Special thanks to クロサワ楽器日本総本店クラシックギターフロアー~

・ グレゴリオ・カブラル(アルゼンチン、1992) 

・ グレゴリオ・カブラル(アルゼンチン、1994)

・ グレゴリオ・カブラル(アルゼンチン、1995)

・ 中出阪蔵 (日本、1978)

アンダルシアのレモンと、イタリアの濃厚なハチミツに、アタウアルパ・ユパンキの魂が溶け合う、静寂のグロリエータ(四阿)「カンテホンド・イベロアメリカーノ」の音楽世界

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