映画 ‘男はつらいよ’ と銘器 ‘中出ギター’

山田洋次さんと

日本の皆様によく聞かれることのひとつに、“私がかつて、寅さん(松竹映画)に出演してギターを弾いたというのは本当ですか?” という質問がありますが、この場をお借りしてお答えしますと、“本当”です。
1985年に製作された、‘男はつらいよ-柴又より愛をこめて’ がそれで、私は劇中、マドンナ役の栗原小巻さん(小学校の先生の設定)の元教え子の青年役として、先生の好きな、‘七つの子’ をギターで演奏しています。
寅さんの映画はギターやマンドリンのBGMが実に多いため、知らないでご覧になると、私こと若い俳優がギターを弾く演技をした後で、専門の奏者がアフレコで音をかぶせたように見えますが、これは実際、私自身がギター独奏用にアレンジを行って演奏したものを、そのままサウンドトラックとして使っているのです。
ですから、昨今ニュース番組などに出演してギターを弾くことはよくあっても、現存する劇映画のなかで私がギターを演奏しているものとなると、これがワン・アンド・オンリーということになりますね。


監督の山田洋次さんとはその後も親しくしていただいていて、最近私が日本滞在中に母校の文化学院でよく講義をさせていただくようになったのも、現在同校で講師をしていらっしゃる山田監督の推薦を受けてのことでした。
映画のなかで私が弾いているギターは、日本のギター製作家の第一人者として知られる、故中出阪蔵(なかでさかぞう)さんの1978年の作品で、私が生まれてはじめて手にした委託手工コンサートギターです(亡き祖母からのプレゼントだったのですが、おかしいのは、いまでもケースのなかに、中出さんからの直筆による領収書が入っていることです)。
私は少年時、片時もこの楽器をはなすことなく弾いていて、夜もほとんど一緒に寝てしまうほどでした。
現在、スペインが生んだ世界的フラメンコ舞踊家の、故アントニオ・ガデスさんの、“同志からシロへ”とのサインが入ったこの宝物ギター、もうコンサートや録音で使うことはありませんが、その中出さんの魂が込められたエレガントで美しい音色は、‘寅さん’のなかでいまもずっと響き続けているのです。
(写真は山田洋次さんと ー 東京、目黒のフランス大使公邸のパーティーにて/撮影-富山治夫)