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ピアソラに捧げる魂のギターソロ(東京公演ライヴ収録ビデオ)3

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20世紀最高の音楽改革者のひとり、アストル・ピアソラに捧げた三つのパフォーマンスの最終弾は、ピアソラ作品でも最も人気の高いナンバーのひとつ、「忘却(オブリヴィオン)」と、ピアソラの師匠格的存在であった名バンドネオン・プレイヤー&サウンドクリエイター、アニバル・トロイロの傑作曲「最後の酔い(ラ・ウルティマ・クルダ)」のメドレープレイ。

どちらも歌が入る、いまも多くのポルテーニョ(ブエノスアイレスっ子)たちに愛され続けている名曲だが、ここではギターソロにアレンジしたものをプレイ。
冒頭では、ピアソラの、ギターとフルートのための全四楽章組曲「タンゴ物語」第二楽章”カフェ1930”のオープニング・ギターソロ部分を序奏として用いている。

前二曲同様、まったくの無修正ライヴ一発どり。
いきおいあまったミストーンもあるが、これが僕のギターサウンド。
お楽しみいただければ嬉しい。

アンダルシアとの素晴らしい縁

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“大竹史朗さんにブラボー、彼の絶妙な感性と、スペインの詩への愛に驚きました。この若い芸術家は日出ずる国の日本人。東洋の偉大な人々は、芸術と文化において見習うべきモデルです。

大竹史朗さんはスパニッシュ・ギターをとても素晴らしく演奏し、コルドバの画家フリオ・ロメロ・デ・トーレスの絵画は、フェデリコ・ガルシア・ロルカに捧げられたミゲル・エルナンデスのこの素晴らしい詩を飾るのに最も適しています。
美しい南アンダルシア、マラガより心からのご挨拶を。美と愛は永遠であり、世界中の人々を結び付けます。”

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これは先日、僕のガルシア・ロルカ・インスピレーションによるギター曲をYouTubeで聴き、大感激してくれた、スペインのマラガに暮らす、あるベテランの演劇人から贈られた言葉。

嬉しかったので、お礼の返事をしたところ、さらに彼から、“自分はいつまで生きられるかわからないから、もしよければ、私の朗読の音源をあなたに託したい。あなたの音楽と一緒に私の声が残るなら、本当に嬉しく思いますが、いかがでしょう?”という丁寧な連絡を受け、一も二もなく、この願ってもない申し出を受けた。

本場アンダルシアの、芸術に携わる優れた人物の朗読する詩の音源。それはまさに、今の僕が喉から手が出るほど必要なものだった。

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他人の屋敷の庭に咲き誇る花の種をひとつもらって、それを自分の小さな家の庭に、さらに美しく咲かせようとするなら、それは決して数年でできることではない。何年も何年もかけて研鑽を積み、そして果てしない実践を繰り返す以外に道はない。

アルゼンチンとスペインという「他国の文化」を、外国人である自分自身はもちろん、本国の人々が納得のゆく「血と肉」へとリクリエイトする作業は、おそらく死ぬまでかかるだろう。
しかし、いま僕は、こうしていろいろなところで素晴らしい協力者に恵まれ、表情はとても明るい。

ピアソラに捧げる魂のギターソロ(東京公演ライヴ収録ビデオ)2

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大成功をおさめた東京二公演において、僕はいずれも三曲のアストル・ピアソラ・オマージュ・ギターソロ曲のプレイを行った。

全回ご紹介したのは、完全な僕のオリジナル作品の「ドブレ・アーの嘆き」。

今回は、ピアソラの名曲中の名曲「アディオス・ノニーノ」と、「天使のミロンガ」を自分でギターに編曲したものを最初にプレイ、そして後半、それらをインプロヴィゼーション展開させてオリジナルソロへとつなぐ、「天使のダンス三部作」を、ライヴ一発撮り、当日お客様が聴いたままの、完全無修正による生のサウンドをお楽しみいただければ嬉しい。

ドブレ・アーの嘆き」もそうだが、僕はつねに、ひっそりとした森の中に、神秘的な泉のようにたたずむ「主題」が、じょじょに大きな波とともにエネルギーとエモーションを湛えながら、一切の反復形式を持つことなく展開し、8~9分ほどでクライマックスを迎えて終結する、そんなスタイルのソロのクリエイトを心掛けている。

その最高作品をクリエイトしたのが、スペインの不世出のプレイヤー、パコ・デ・ルシアだった。

彼が生前、ライヴの際にオープナーとしてプレイしたソロは、いくつかパターンがあったが、いずれも同じ展開を持った、一切の反復形式を持たない、まさに「カンテホンド(アンダルシア文化の根幹といえる“深い歌”と訳されるもの)の極地的インプロヴィゼーションで、それらは今も僕を心酔させる。

ピアソラ以外に、現在の僕のクリエイションを支えるガルシア・ロルカは、生前、カンテホンドとフラメンコの違いを問われた際、“現在歌い踊られているフラメンコは、カンテホンドの退化でしかない”という発言をした。

ロルカとフラメンコを決して結びつけてはならない。
僕は、カンテホンドの真髄は、南米、特にアルゼンチンに受け継がれていると信じている。

天使のダンス三部作」は、もちろんピアソラに捧げたものだが、同時にこのナンバーは、フラメンコのスタイルを持たない、最高のギタープレイヤー、パコへのオマージュでもある。

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よく驚かれるが、僕は自分のギターソロ曲の楽譜を書かない
もちろんこの「天使のダンス三部作」も、前記の「ドブレ・アーの嘆き」も、楽譜は存在しない。

上記の写真は、親しいニューヨーク在住の書道家・院京昌子(いんきょうまさこ)さんと、クイーンズのコーヒーショップでのひととき。
この日彼女は、僕に、書の道をゆくものの大切な心得のひとつである、「連綿(れんめん)」という言葉について語ってくれた。

それは文字と文字の間を紡ぐ筆の、言葉や理屈で表すことのできない真空的極意だが、僕が自分のギター曲を楽譜に書かないのも、まさにそこにある。

楽譜では書き表わすことのできない、音と音の間の「連綿」。
この日はいい話を聞けて本当に嬉しかった。僕はいつも、この素敵な女性から多くを学ぶ。

来年1月26日に決定している東京公演も、彼女が素晴らしい「連綿」によるパブリシティ用のタイトル題字をプレゼントしてくれた。

この場を借りて、院京昌子さんに心から感謝の意を表します