1996年の、恩師鈴木巌先生とのジョイントコンサートのプログラム。
子どもの頃に発表会で出た、同じ渋谷のホールでの共演は、感慨ひとしおでした。
95年のブエノスアイレス公演が引き金となり実現した、翌96年の、アルゼンチンで最も権威のある、中南米最大規模の音楽祭‘コスキン’での演奏。
これは、アルゼンチンの代理人をとおして送られてきた招待状で、“1月22日の夜、全国テレビの中心中継時間帯に出演していただきます”とあります。
結果は大成功で、帰りの空港では黒山の人だかりのサイン攻撃にあい、あやうく飛行機に乗り遅れるところでした。
1995年、ブエノスアイレス公演時のポスター。
なにしろ巨大なポスターで、今回撮影のために10年ぶりに広げられました。
アルゼンチン、ブエノスアイレスにおける初公演時のプログラム
95年、スペイン、マドリード公演時のプログラム。
子どもの頃からあこがれつづけたギターの故国へのツアーはまるで夢のようでした。
アンダルシアのレモンと、イタリアの濃厚なハチミツに、アタウアルパ・ユパンキの魂が溶け合う、静寂のグロリエータ(四阿)「カンテホンド・イベロアメリカーノ」の音楽世界