2月26日のカーネギーホール公演では、私を囲むアメリカ人関係者たちの歓迎を受けた母でしたが、その3日後、3月1日の日曜日の午後、今度は、やはりニューヨークに暮すラテンアメリカ・コミュニティーの人々が、母を大歓迎する会を催してくれました。
(写真上 会の代表であり、私にとっては”ニューヨークの母”ともいえるアルゼンチン女性、アデラ・ペラルタさんから”日本の(?)母”に贈られた、彼女の手作りによるボルダード(刺繍)。
“ヨーコ・オオタケさんを歓迎 2009年3月1日 ヒスパニック(ラテン)コミュニティー”と縫いとられています。)
(写真下 アデラ・ペラルタさんと母。)
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アデラさんより紹介を受け、アルゼンチン、メキシコ、ペルー、そしてポルトガルなどの国からやってきたコミュニティーの人々に対して英語で挨拶をする母。
ニューヨークのラテン・コミュニティーといえば、とてもではありませんが、日曜の午後にひとところに集まるような数字ではありません。
今日集まったのは、アデラさんがこの日のために厳選してくれた人々です。
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そのあとは私からみなさんへ、カーネギー公演大成功の報告とともに感謝のミニコンサート。
今日は、”栗毛の馬”、”恋する鳩の踊り”、”ウアラ(熟れたトウモロコシの踊り)”、”ギジェルマおばさんに捧げる歌”、”眠れるインディオの子”、そして”石と道”と、オール・ユパンキ・プログラムでした。
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また今回、ニューヨークの私のスタジオでギターを学ぶ日本人奏者、岩田邦裕さんも助っ人出演。
岩田さんは、2007年の春、ニューヨーク市のイヴェントとして行われた”イミグラント・ヒストリー・ウイーク”の閉会プログラムとして行われたコンサートでも、セカンドギターとして私をヘルプしてくれました。
今回はスペイン特集。
まず私とのデュオで、フェルナンド・ソルの名曲”月光のエチュード”(写真左)。
そしてソロで、フランシスコ・タレガの”ラグリマ(涙)”、ふたたびソルの”ト短調メヌエット”を披露(写真右)。
20人ほどの集まりではありましたが、全員スペインの血をひくラテン女性たちをすぐ目の前にしての演奏は、決して容易いものではありません。
しかし岩田さんは、その人柄どおりの澄んだ音色と安定したフィンガリングで、みなを魅了しました。
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ラストはアデラさんを迎え、フェデリコ・ガルシア・ロルカの名曲、”ラ・タラーラ”。
全員大合唱で幕を閉じました。
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“¿Salió bien?”
(うまくいった?)
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コミュニティーの皆さんが、心を込めてもちよった山のようなごちそうと、素晴らしい人々に囲まれて、母はとても嬉しそうでした。
カーネギーのステージで演奏を聴いてもらえたことも、もちろんとても嬉しいことでしたけれど、私の音楽を根底で支えてくれている、こうしたニューヨークのラテンアメリカの人々の姿を今回母に見せることができたのも、私にとってたいへん大きな喜びだったのです。
ふたりの母とともに。
この日のことも、私はこの先きっと忘れることはないでしょう。
世界一の町でのたくさんの素晴らしい思い出を胸に、この一週間後3月9日、母は無事東京に戻りました。