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バッハのバースデー、そして濱田滋郎さんのご命日に寄せる「無伴奏ギター」

今日、3月21日は、バッハの生誕記念日であり、そして、日本を代表する音楽エキスパート・濱田滋郎さんのご命日。

滋郎さんの公式な生没年をオンラインで確認しようとしたら、かつて、現代ギター社主催で行われた誌面対談時にご一緒した写真が、まず目に飛び込んできてビックリ。

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濱田滋郎さんは、僕が音楽について真から語り合うことのできる、唯一の人だった。

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以前、ベルギーが生んだ世界最高のヴァイオリニスト、アルテュール・グリュミオー(1921-1986)の、濱田滋郎さんの解説入りCDを僕が持っていた話をすると、“そんなのも聴くんですねー!“と、目をぱちぱちなさった表情が、いまも鮮明に思い出される。

僕は少年時代、ユパンキの素朴なギターの調べに魅了される一方、どうしてギターで、グリュミオーのような、圧倒的「無伴奏」プレイができないのか、なぜギターという楽器は、音がただこぎれいにまとまってしまい、ヴァイオリンのようなダイナミックサウンドが出ないのかということが大きな葛藤となり、これが、プロのギタープレイヤーになりたいという欲求を完全に消していたという話をすると、滋郎さんは、それをたいへん興味深そうに聴いておられた。

この動画は、バッハのバースデー、そして濱田滋郎さんのご命日の今日できた、グリュミオーに捧げる「サラバンドとドゥーブル(アレグロ変奏)」。

本当に長くかかったが、僕はいま、ついにギターをヴァイオリンの弓でプレイするような感覚を身につけることができた気がしている。

僕の音楽人生は、いよいよこれからが本番となるだろう。

これまでの経歴はなんでもない。
便宜上、プロフィールはコンサートの際、印刷物に表記しなければならないが、もはやそのようなものはどうでもよい。
名前が四郎であっても史郎であっても、あるいは太郎でも九郎でも、そのようなこともどうでもいい。
僕にはただ、これからがあるのみだ。
いっそ名前は大竹ゴンベーでいい。

滋郎さんのご自宅のお庭の美しいツバキ。

今年11月3日、東京三田弘法寺における初演が決定している、フラメンコのカンテとバイレを導入する新作スペクタクル「卑弥呼」は、世界最高のギタープレイヤー、パコ・デ・ルシアと、そして濱田滋郎さんに捧げるパフォーマンスになる。

≪写真提供:濱田吾愛(わかな)さん≫

浜田広介記念館二公演

かなりビハインドになってしまいましたけれど、昨年11月に行った、山形県高畠の「浜田広介記念館」において行った二公演の模様です。

まるでギターのボディのなかに入ったような気分になる、美しい木造りの「ひろすけホール」。

東京から駆けつけてくださった、浜田広介さんのご孫女であり、日本を代表する音楽エキスパート濱田滋郎さんのご息女・濱田吾愛(わかな)さんによる、今回のコンサートのために、広介さんの「泣いた赤鬼」をモティーフに作曲した新作の圧巻朗読パフォーマンス。

これが、今年の11月3日のスペクタクル「卑弥呼」実現へ大きな拍車をかけました。

本当に素晴らしい3日間でした。

浜田広介記念館の、近野久左ェ門理事長、金子研司館長はじめ、スタッフの皆さま、取材にいらしてくださったメディアの皆さま、そして美しい北の大地高畠の皆さまに、心からの感謝を申し上げます。

「アランフェス協奏曲」と「番外地カラテ」

ニューヨーク5番街のど真ん中にあるトランプタワーの地階には、このような、時間と料金を全く気にせずくつろげる穴場的スペースがあり、僕はなにか話し合いを行う際、よくここに来る。

「アランフェス協奏曲」は、まだキーボードに対する決定的アイディアが出ていないが、必ずニューヨークライヴにふさわしい、独自の素晴らしいものにする考え。

僕は高校時代、如水松濤流の大師範・久保田紹山(くぼたしょうざん)先生に、直接空手の指導を受けるという素晴らしい機会に恵まれ、今でもそのとき教えていただいた突きや蹴り、そして流れる水のような美しさ(如水)をもつ「型」を、少々自分でアレンジした修練を毎日続けている。

体に無駄な肉がつかないのはそのおかげ。
ニューヨークにそもそも来たのも、かつて紹山先生から受けた、僕の身体能力に対する一言のアドヴァイスが発端になっている。

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高校の空手クラブは、学校側では「同好会」扱いだったため、体育館の使用許可がおりず、僕たちの「道場」は、暑いときも寒いときも、常に屋外の、コンクリート敷きの「番外地」的場所だった。

そのとき、素足でコンクリートのうえを動き回って硬化したタコが、今でもそのまま僕の両足裏に残っている。

紹山先生は、そのような状況でも嫌な顔をいっさい見せず、自らコンクリートの上に裸足で立ち、熱心に僕たちの指導を行ってくださった。
素晴らしい方だった。

人間は本来闘争本能を持つ生き物なので、この世から戦いがなくなることはあり得ない。

しかし、相手から見えない、離れた場所から大量殺戮を行う銃器やミサイルは、最も卑劣な戦いの手段であり、これは決して許してはならない。

やるなら素手、もしくはせいぜいゲバ棒や鉄パイプあたりを武器に、正面切って正々堂々渡り合えばいい。
ゲバ棒や鉄パイプで殴り合っていれば、そのうち戦うことなどアホらしくなるだろう。

僕は、銃器や空爆による卑怯な戦いを心から憎む。
卑劣な暴力と破壊を行うものは、必ず同じ報いを受けて滅びる。

18世紀と21世紀のクロスオーヴァー、Black Mountain社製Asteroid Pickによるバッハ(無伴奏ヴァイオリン組曲第1番)

バッハの名曲「サラバンド変奏(無伴奏ヴァイオリン組曲第1番)」を、カナダのブラックマウンテン社製の、プレイ中に3種類のトーンスイッチが可能な、アステロイドピックと名付けられたフラットピックでプレイ。

最近愛用の、やはり同社製のサムピックは、他の指が自由に動くため機能性に富むが、こういった全弦を飛び回るスピードに適するのは、なんといってもフラットピック。

このアステロイドピックは、僕が知る限り、他のフラットピックではまず出せないアタックの良さと、加えて突き刺さるような伸びと、抜けのよい、ソリッドな響きの美しさを兼ね備えている。

一見、何やら🥷の手裏剣のようなデザインだが、まず赤のトップは最も厚みがあり、フルボディの腰のあるサウンドが得られるため、このドゥーブル変奏が属するサラバンドなどの、モデラートで優雅なナンバーに向き、水色のトップは反対にきわめて薄く、とても軽いので、スピードプレイに使えないこともないが、少々ペンペンした音になるので、ストローク専用が好ましい。

そして当ビデオでプレイしている黒のトップは、その赤と水色の完全な中間で、お聴きのように最もスピードに適したシャープサウンドが得られる。
弦をヒットする際の適度な金属音が、ダイナミックなヴァイオリン的効果をあげるため、いまの僕にとって願ってもないインヴェンションと言えるだろう。

僕は、バッハを古楽器をはじめとする、当時を偲ぶかのような古くさい手法で演奏することに賛同しない。
常に未来を見据えていた、18世紀の超人バッハの音楽は、どんな場合においても、現代、そして未来を感じさせる新しい手法によってプレイされるのがベストだと信じて疑わない。

中学生のとき、ベルギーのヴァイオリニスト、アルテュール・グリュミオーが録音したバッハの無伴奏ヴァイオリン全曲集を聴いたとき、なぜギターはこういう光り輝くダイナミックサウンドが得られないのか…と、ギターを弾くのがいやになったことがある。

それは、ユパンキの素朴で柔らかなギターの音色に魅了される一方で、僕にとっての大きなジレンマだった。

長い年月、そしてミュージシャンとして培った経験が、カナダ製の優れたサムピックとフラットピックと結び、ギターをヴァイオリンの弓でプレイするようなサウンドをはじき出す「無伴奏ギター」は、ついに完成に近づきつつあるが、僕の左手の動きは、紛れもない正統的なクラシックのそれだ。
これはすべて、最高のクラシックギターの指導者であった鈴木巌先生からの贈りものだと思っていただけると嬉しい。

ピックプレイには、指でプレイしていたときには全く得られなかった、自らディスコで踊りまくるようなフィーリングが必要になる。

まさにギターとともにダンスする感覚…

僕の「無伴奏ギター」は、今年完成するだろう。

僕を支えるマーシャルアーツの基礎トレーニング

僕はよく「変わらないね」と言われるが、別に若ぶっているわけではなく、ただ、せっかくコンサートに来てくださるお客さまの前で、見苦しくならないよう気をつけているだけ。

1日の終わりには、5分ほどの筋力トレーニングと、高校のときに修練を重ねた空手の突きと蹴り、そしてニューヨークに来てから17年続けた🤺フェンシング(サーブル)の動きをミックスした独自のエクササイズを、ずっと続けている。

5分の筋力トレーニングも、自分で考案したもの。
食事制限などは特にしていない。下記のようなケーキが何よりも大好きだが、僕のオリジナルトレーニングは、こういったアメリカンポイズンを、全てその日のうちに焼き尽くす‼️

ただし、絶対というわけではないが、20時以降はなるべくものを口にしないよう心がけている。

このトレーニング、本にして出版したら売れるかも😋

2026年3月4日、ニューヨーク州、ヒックスヴィルのダイナー(ドライヴイン・レストラン)にて撮影。