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18世紀と21世紀のクロスオーヴァー、Black Mountain社製Asteroid Pickによるバッハ(無伴奏ヴァイオリン組曲第1番)

バッハの名曲「サラバンド変奏(無伴奏ヴァイオリン組曲第1番)」を、カナダのブラックマウンテン社製のアステロイドピックでプレイ。

最近愛用の、やはり同社製のサムピックは機能性に富むが、こういった全弦を飛び回るスピードに適するのは、なんといってもフラットピック。
このアステロイドピックは、僕が知る限り、他のフラットピックではまず出せないアタックの良さと、伸びと響きの美しさを兼ね備えている。

一見、何やら🥷の手裏剣のようなデザインだが、まず赤のトップは最も厚みがあり、フルボディの腰のあるサウンドが得られるため、このドゥーブル変奏が属するサラバンドなどの、スローで優雅なナンバーに向き、水色のトップは反対にきわめて薄く、スピードプレイに使えないこともないが、少々ペンペンした音になるので、ストローク専用が好ましい。

そして当ビデオでプレイしている黒のトップは、その完全な中間で、お聴きのように最もスピードに適したソリッドサウンドが得られる。
弦をヒットする際の適度な金属音が、ダイナミックなヴァイオリン的効果をあげるため、いまの僕にとって願ってもないインヴェンションと言える。

僕は、バッハを古楽器をはじめとする、当時を偲ぶかのような古くさい手法で演奏することに賛同しない。
18世紀の超人バッハの音楽は、常に新しい手法によってプレイされるのがベストだと信じている。

中学生のとき、ベルギーのヴァイオリニスト、アルテュール・グリュミオーが録音したバッハの無伴奏ヴァイオリン全曲集を聴いたとき、なぜギターはこういう光り輝くダイナミックサウンドが得られないのか…と、ギターを弾くのがいやになったことがある。

長い年月、そしてミュージシャンとして培った経験が、カナダ製の優れたサムピックとフラットピックと結び、ギターをヴァイオリンの弓でプレイするようなサウンドをはじき出す「無伴奏ギター」は、ついに完成に近づきつつあるが、僕の左手の動きは、紛れもない正統的なクラシックのそれだ。
これはすべて、最高のクラシックギターの指導者であった鈴木巌先生からの贈りものだと思っていただけると嬉しい。

僕を支えるマーシャルアーツの基礎トレーニング

僕はよく「変わらないね」と言われるが、別に若ぶっているわけではなく、ただ、せっかくコンサートに来てくださるお客さまの前で、見苦しくならないよう気をつけているだけ。

1日の終わりには、5分ほどの筋力トレーニングと、高校のときに修練を重ねた空手の突きと蹴り、そしてニューヨークに来てから17年続けた🤺フェンシング(サーブル)の動きをミックスした独自のエクササイズを、ずっと続けている。

5分の筋力トレーニングも、自分で考案したもの。
食事制限などは特にしていない。下記のようなケーキが何よりも大好きだが、僕のオリジナルトレーニングは、こういったアメリカンポイズンを、全てその日のうちに焼き尽くす‼️

ただし、絶対というわけではないが、20時以降はなるべくものを口にしないよう心がけている。

このトレーニング、本にして出版したら売れるかも😋

2026年3月4日、ニューヨーク州、ヒックスヴィルのダイナー(ドライヴイン・レストラン)にて撮影。

アランフェス協奏曲 in ニューヨーク 2027

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2017年5月、大成功をおさめた国連本部における単独コンサートのあと、僕はなぜかニューヨークでの演奏活動を中断してしまったが、いま来年2027年、「アランフェス協奏曲」を、キーボードプレイヤーと組んでプレイする話を、たいへん前向きにしている。

ニューヨークは住んでいる土地だが、ここで公演するということは、常に僕にとって特別なこと。並のアイディアでは絶対にやりたくない。

右親指にサムピックを装着しての、全く新しいアプローチによる「独自のアランフェス」は、今ついに僕に“やらなきゃ❣️”という気持ちを、体中の毛穴という毛穴から、強烈な炎が吹き出してくるような感覚とともにようやく蘇らせてくれた。

僕のアランフェスは、2楽章と3楽章の間に独自の「カデンツァ」を入れる、これまで僕なりに、世界で培ったものを全て注ぎ込むものになるだろう。

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ビデオ(一般非公開)は、第二楽章の最もよく知られたメロディアスなパート。

2027年のニューヨークパフォーマンスに向け、もう練習は始まっている。

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かつて、ヴィラ-ロボスのギター協奏曲を、独自の解釈によってニューヨークでプレイしたことが、僕を2年連続カーネギーホールのステージへと導いてくれた。

しかし、アランフェス協奏曲に関しては、とにかくあまりにパコ・デ・ルシアのパフォーマンスが素晴らしいため、太刀打ちできないものにあえて挑むことも無益であり、一切手をつけずにいた。

(実際パコのアランフェス協奏曲を凌ぐパフォーマンスは、過去においてももちろん、今後未来においても絶対に現れることはない)

しかし、サムピックプレイを導入し、発想と音楽性の幅がおもってもみなかったほど拡大した今、僕はついに、自分だけの独自の「アランフェス」がやれそうな気がしている。

昨日のニューヨークは、早春の訪れを感じさせる、実に爽やかな一日だった。

Homenaje a María Angélica Funes 最高のクラシックギタープレイヤー、マリア・アンヘリカ・フーネスに捧げるバッハ

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Creo que las interpretaciones de Bach de la guitarrista argentina María Angélica Funes son las mejores.
Su estilo interpretativo es completamente innovador, pero está lleno de profunda emoción sudamericana y un noble espíritu de oración. Siempre he querido interpretar a Bach como ella.

アルゼンチン出身のクラシックギタープレイヤー、マリア・アンヘリカ・フーネスのバッハ解釈は、まさに他に類を見ない。

この傑出した女性の演奏スタイルは、全く革新的でありながら、南米の深い情感と、崇高な「祈り」の精神に満ちている。これは、こんにちの全てのクラシックギター奏者に欠けるものだ。
僕は、クラシックギターの音楽を聴いてここまで感動をおぼえたことは、これまで一度もない。

アルゼンチンの女性ギタープレイヤーといえば、同じマリアさんのアニードが著名だが、その個性あふれる情感とテクニックにおいて、マリア・アンヘリカ・フーネスはおそらく、アニードの数十倍上を行っていたと言っていい。

南米のプレイヤーというのは、なにか宇宙的フィーリングとでもいうのだろうか、本質的に音楽へのアプローチが違う。

上記のビデオは、マリア・アンヘリカのプレイによって聴き、深い感銘を受けた「メヌエットI BWV.1006(無伴奏ヴァイオリン・パルティータ≪組曲≫第3番」を、僕自身でプレイしたオマージュ音源。

パルティータ第3番は、無伴奏ヴァイオリン曲集全6篇になかでも、最も天空的な明るさにみなぎるものだが、特にこの「メヌエット」は、平和な牧歌的美しさにあふれる珠玉の名曲。

ただし、何かひとつ曲をプレイして聴衆をノックアウトする必要があるとき、このナンバーを選ぶ奏者はいないだろう。
この曲ひとつで聴く人の心を打てるプレイヤーは、現在のクラシックギター界にはまず存在しない。
そういった意味で、このメヌエットは「真の難曲」と言えるものだが、今の世の中、こういうことを分かる音楽関係者も決して多くはない。

マリア・アンヘリカ・フーネスは、この世で唯一の「無伴奏ギター」をプレイし得たアーティストと言って間違いない。
僕は彼女のプレイする「メヌエット」を聴き、一撃でノックアウトされた🥊

 

(彼女の録音は決して多くないが、「メヌエットI&IIj」ほか、「プレリュード(無伴奏チェロ組曲第4番)」や「ブーレのドゥーブル(無伴奏ヴァイオリン組曲第1番)」などのバッハ作品が、YouTubeでその卓越したプレイとともに楽しめる。)

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僕はこのナンバーを、カナダのブラックマウンテン社製の、プレイ中に3種類のトーンスイッチが可能な「アステロイド」と呼ばれるフラットピックの、最も多様性に富むブラックティップを使ってプレイしている。

このピックは(忍者の手裏剣のようなデザインだが)、いずれご紹介する、やはりブラックマウンテン社製のサムピックとともに、僕がいま欲しい音を完全に‘跳ね返し’てくれる、本当に素晴らしい開発だ。

ブラックティップは、ギブソンやフェンダーあたりの、ちょうどヘヴィーとミディアムの中間のような、まるで指でプレイしているようなサウンドが得られ、さらに、ジミー・ペイジがエレクトリックギターでよく出したような「コリッコリッ」という、ピックと弦が擦れる金属音(言ってみればノイズだが….)がパーカッシヴにアクセントつけてくれるのがいい。

ナイロン弦のギターは、こうしてクオリティの高いピックによって、手首の角度を活かしながら弦をヒットすると、ヴァイオリンやチェロのダイナミックなボウイングと同じ、さらには凌ぐ効果をあげることが可能になる。

バッハという人は、大家族を抱えながら、腐り果てたライプツィヒの聖トーマス教会の薄給のなかでやりくりし、常に新しい楽器の発明に情熱を燃やしていた。
彼ほど、現実古楽器と呼ばれる当時の性能の悪い楽器を忌み嫌った人間はいないだろう。

今の世の中で、たとえ性能があがったにしても、バッハの音楽を古楽器アンサンブルなどで弾くことは最低のナンセンスと言っていい。
つねに新しい感覚とトゥールをもってプレイすることが、バッハの音楽を理解する唯一の「道」なのだ。

僕は以前、名前は言わないが、カーネギーホールで、ある人物が率いる古楽器楽団が行ったバッハ作品ばかりのコンサートを聴いたが、弦楽器は当時のままヴィヴラートを使わず、驚いたのは、旧式トランペットは吹奏中にツバが楽器の内部にたまるらしく、吹きて手がしょっちゅうそれをステージの床に振り落としていたことだった。

そんな光景を見てバッハが喜ぶだろうか?

バッハの時代、ギターという楽器は、いまのような優れた機能性を持たなかったので、彼は一曲もこの楽器のオリジナルナンバーを作っていない。

しかし、グリュミオーやカザルスのプレイした彼の無伴奏ヴァイオリンやチェロ曲を聴いていると、この偉大なる音楽の父が、近い将来ギターというきわめて優れた楽器が現れることを見越して、「シャコンヌ」や「サラバンド」にそのフィーリングを託したとしか思えない。

ニューヨーク、ケネディ空港にて✈️

リトルイタリー、ニューヨークの大いなる歴史

ニューヨークのデランシーストリートと、キャナルストリートに挟まれたエリアは、ヨーロッパ系移民たちによって育まれた独特の文化を持ち、とても風情がある。

なかでもリトルイタリーは(このところ他の新興観光地に少々おされ気味ではあるが…)、ニューヨークの大いなる歴史を彩る重要な存在として、いまも(やはり移民の僕の)心を和ませてくれる街だ。

リトルイタリーの中心地、マルベリーストリートにあるオステリア・バロッカは、僕がとても好きなイタリア料理店。

高い天井と、ゆったりとしたテーブル配置で、本格派イタリアンが楽しめます。

ニューヨークへお越しの際は、ぜひどうぞ❣️