
ニューヨークのデランシーストリートと、キャナルストリートに挟まれたエリアは、ヨーロッパ系移民たちによって育まれた独特の文化を持ち、とても風情がある。

なかでもリトルイタリーは(このところ他の新興観光地に少々おされ気味ではあるが…)、ニューヨークの大いなる歴史を彩る重要な存在として、いまも(やはり移民の僕の)心を和ませてくれる街だ。

リトルイタリーの中心地、マルベリーストリートにあるオステリア・バロッカは、僕がとても好きなイタリア料理店。

高い天井と、ゆったりとしたテーブル配置で、本格派イタリアンが楽しめます。

ニューヨークへお越しの際は、ぜひどうぞ❣️

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今秋11月3日の文化の日、東京三田弘法寺おいて上演が決定している、バイレ(フラメンコ舞踊)とカンテ(フラメンコ歌唱)を大幅に導入する大作スペクタクル「卑弥呼」。
これは、その序曲といえるパートで、とても気に入ってるギターソロ。
僕は、世界最高のギタープレイヤーであったパコ・デ・ルシアが、晩年ライヴでプレイしていた「ルジーア(ルシーア)」という、ポルトガル移民であった彼の母に捧げたナンバーを、今でも何よりも素晴らしいエンターテインメントだと思っている。
その「ルジーア」を、決してパコのマネをすることなく、僕自身の血のなかにある文化と、長年取り組んできたアルゼンチンとスペインのギター音楽とを融合させた、全く新しい独自のクリエイションを創ることが、僕にとって実に15年に渡る歳月を要するものになってしまったわけだが、昨秋のある出会いがきっかけとなり、創作に一気に加速をかけ、ついにここに、僕の故国である大地にモティーフを得た作品の完成に至った。
下記は、あるアルゼンチンのファンから当動画に寄せられたコメント。
非常に詩的な内容で、日本語訳が容易ではないが、ご紹介したい。
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“音楽はプエブロ(民衆、大地、国家)を結びつけます。音楽ほど慈悲深く、そして残酷なミューズが他にあるでしょうか?
その本質は、私たちを死すべき運命から解き放つ境界線。表面上は、空中で震える桜の花びらのように、時に千もの悲しい結末の重みを背負っているようです。
樹木の腱(すじ)の鉱物から秘密を紡ぎ出す弦の、途切れがちのため息さえ届かない場所に、音楽は無限に広がっているのでしょうか?
音楽の世界は、決して単なる記憶に終わることはありません!“
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こういうことを感じてくれる人物に出会えるからこそ、僕はミュージシャンをやめられない。
”樹木の腱(すじ)の鉱物から秘密を紡ぎだす弦の、途切れがちのため息さえ届かない場所に広がる無限の音楽…」
僕が目指すのは、まさにそんな音楽だ。
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改年早々、ショッキングなニュースに愕然とした…
韓国の国民俳優アン・ソンギさんが、5日、ソウルで亡くなられた。74歳になられたばかりだった。
白血病のため、闘病しておられることは聞いていたので心を痛めていたが、まさかこんなに早く世を去ってしまわれるとは!
ソンギさんは、僕のソウルでの公演に二度ともかけつけてくださり、ちょうど僕の誕生日とかさなった一度めのときには、公演後ご自宅でバースデーパーティをしてくださった。
本当に心の優しい、素晴らしい方だった。もう一度お会いしたかった… 無念でならない。
ソンギさん、昨夜、僕のかわりに泣いてくれたギターの調べとともに、心からご冥福をお祈りします。
楽器はいい。
言葉のかわりに語ってくれるから。
音楽は、つねに言葉が尽きたところから始まる….







ハッピーニューイヤー❣️
改年のご吉慶を申し上げます。

大晦日の夜、タイムズスクエアのカウントダウンに際し、超厳戒警備体制のマンハッタンを初めて訪れ、あの大騒ぎの一角を除くミッドタウンは、この夜、すべてこのような状態になるということを初めて知りました。
辻という辻に警官が立っていて、さすがにIDの提示まではないものの、横断歩道を渡るたびに、どこに行くのか説明する義務があります….
ただし警官衆はみな愛想よく、それほどピリピリした雰囲気はありません♪

7番街と53丁目の交差点。
この数ブロック南が、あれだけの大騒ぎになっているとは想像もつきません…..


11月の日本の滞在記をご紹介したいのですが、なかなか時間が取れず、もうクリスマス🧑🎄

ここは、ニューヨークの象徴のひとつである、アイリッシュ・カトリックの総本山セント・パトリック大聖堂。

ここへ来ると、なぜか母校青山学院初等部で毎年行われていたクリスマス礼拝を思い出し、少年時の良い思い出で胸がいっぱいになります。


❤️❤️❤️❤️❤️

僕がニューヨークでいちばん好きな場所「カフェ・レッジオ」。

1988年8月、はじめてニューヨークに来た翌日、僕はまずここを訪れました。

ここで、日本の優れたジャーナリスト・故筑紫哲也さんにお目にかかったこともあります。
初対面にも関わらず、たいへん気さくで、とても素敵なジェントルマンでした。
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ここはグリニッチ・ヴィレッジが、1950年代から60年代にかけて「文化の共和国」であった時代の、まさに中心地的存在であった店。
時代に関係なく、今も多くの芸術家や自由人たちであふれる、2年後に創業100年を迎える老舗中の老舗です。
皆さま、どうぞ良いお年をお迎えください❣️
日本滞在記のアップデートは、年明けに行います。

アンダルシアのレモンと、イタリアの濃厚なハチミツに、アタウアルパ・ユパンキの魂が溶け合う、静寂のグロリエータ(四阿)「カンテホンド・イベロアメリカーノ」の音楽世界