「Knight’s NY diaries」カテゴリーアーカイブ

ニューヨーク日記

¡Adios maestro Iwao Suzuki! アディオス 鈴木巌先生!

En la memoria del gran maestro Iwao Suzuki (1932-2019)

去る8月23日、日本時間午後1時40分、日本の音楽史上、最初の国際コンクールのグランプリ受賞者(1957年モスクワ国際ギターコンクール)、鈴木巌先生が、癌のため東京都内のご自宅で、87年間にわたる地上での生涯を終えられた。

自分は16歳から21歳までの5年間、鈴木先生にクラシックギターの手ほどきを受け、1988年の渡米後、職業として音楽を演奏するようになってからは、東京で計3回、広島(トップ写真)と気仙沼でそれぞれ1回ずつジョイント公演をご一緒させていただいた。
また先生は、2010年に初訪米。ニューヨークのアルゼンチン総領事館オーデトリアムおよび、ニューヨーク湾に浮かぶ人気の水上コンサートホール、’バージミュージック’において、満場のニューヨーカーたちをその美しい音色で魅了してくださった。

下記リンクは、その最後となったジョイントパフォーマンス(2013年10月、東京銀座)のラストのデュオ演奏二曲。おなじみ”愛のロマンス(禁じられた遊びのテーマ)”と、鈴木先生の名編曲によるバッハのプレリュード。
音楽というのは、文字通り”音を楽しむ”ものだということを、この二篇の動画からお分かり頂けると思う。
鈴木先生はこのとき81歳。細かいところでのミストーンはあるが、そのようなものをはるかに超越した、音楽家としての真の精神のみが可能にし得る、天空の音色の素晴らしさがある。

これはほとんどぶっつけ本番パフォーマンスだったので、あまり細かい段取りをしておらず、”禁じられた遊び”のファーストコーラスのあと、そのまま後半の転調パートにゆこうとする先生に対して、「サラバンド!」と(よく聞くと小さな声で)、映画に使われたビゼーの曲をソロで入れるよう先生を促しているのがわかる。
このサラバンドは、先生が咄嗟にアドリブで弾いてくださったものだ。

ふたつめのバッハのほうは、もしバッハがこのパフォーマンスを聴いたら、きっと立ち上がって大喝采を送ってくれただろうと信じている。

自分はこの時、先生は100歳を過ぎてもギターを弾き続けられるのだろうと思っていた…

単に音楽家としてのみならず、こうしてひとりの人間として極めて優れた至高のギタープレイヤーを師としてもてたことを、自分は心から幸せに、そして誇りに思っている。

¡Muchas gracias maestro Iwao Suzuki!

Los imaginários geográficos en las canciones de Yupanqui ユパンキの歌に見られる地理的発想

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Imaginario Atahualpa
,”la pagina oficial de Dr. Agustín Arosteguy.
Su idea ‘Los imaginários geográficos de las canciones de Yupanqui’ es lo que sentir empatía mucho para me.

The geographic imaginary of Atahualpa Yupanqui’s song” is the idea of Dr. Agustin Arosteguy which I feel empathy a lot.

今年の初め、東京のセルバンテス文化センターから紹介され、現在ラテン・グラミー賞のカルチャー部門より承認および奨学金を受けてユパンキの研究書を執筆中の、ブエノスアイレス出身のアルゼンチンのアグスティン博士を手伝っている。
彼の研究テーマ「ユパンキの歌に見られる地理的発想」には大いに共感を覚える。

リンクページは博士の公式サイトで、彼は現在、自分の南米ツアーの報道(大竹史朗・ユパンキの音色を聴衆に運ぶ)などを紹介してくれている。

2020 Spain tour refusal スペインツアー辞退

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Ya estaban confirmado las fechas de conciertos y una vez he aceptado la invitación, sin embargo hace dos días he declinado a viajarme a España en mayo, 2020, después de considerarme que todavía están prematuros los eventos de ahí en la tierra hermosa para representar mi ‘Lorca, Yupanqui, etc.etc….’

Antes que ser un músico soy un hombre que persiste en la creencia en cualquier caso. Poe eso me encanta la vida de Leopoldo Lugones, y con un alto honor he compuesto una ‘suite’ homenajeada al gran poeta cordobés. Aunque no va a cambiar mi amor a España, tal vez ha de tomar más tiempo para realizar un evento de igual nivel como lo que hemos hecho en Villa de Maria del Rio Seco, mi segundo pueblo natal en 2014.
Lorca, Lugones… Ambos vivieron y murieron con su fe. Yo también me gustaría vivir y morir así.
Tomando esta oportunidad les Agradezco profundamente a las organizaciones españolas que conciernen este asunto por su generosa invitación.

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The concert dates were already confirmed and I once had accepted the invitation, despite of that very recently I declined to go to Spain in May,2020, after considering carefully that these events are still premature for me to represent my ‘Lorca, Yupanqui etc.etc….’

Before being a musician, I’m a man who persists in faith in any case. That’s why I love the life of Leopoldo Lugones, and I composed a special ‘Suite’ to commemorates the 140 years anniversary for the birth of the great argentine poet with a great honor. Although my love for Spain will not change, perhaps it may take more time to me to be able to participate the event which must be the same level as what I did in Cordoba, Argentina in 2014. I truly don’t need to be hurry.
Lorca and Lugones… Both lived and died with their strong faith. I wish I could live and die like them.
taking this opportunity I am truly grateful with the generous invitation of the Spanish organizations which concern this matter.

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コンサートの日時も決定し、公式な招待状も受けていたスペインへの演奏旅行だったが、残念ながら二日前、まだこの美しい国へ行って自分の’ロルカやユパンキ’を披露するには時期尚早と判断し、今回の辞退の旨を告げた。

写真の記事は2014年、アルゼンチン、コルドバ州政府からの依頼を受けて作曲した、国民詩人レオポルド・ルゴーネス生誕140年を記念する公式組曲「神々の炎」初演のために同国に渡った際の現地報道のオンライン版だが、このイベントは、コルドバという、自分にとってまさに第二の故郷というべき土地の人々との”真の連携”で行った、自分にとって全てが一つに結ばれた完全なものだった。
スペイン側の発想に何が深みを感じられないか具体的に言うことはできないが、こういったことをかの地で行うには、まだ少し時間がかかるだろう。別に慌てることはない。内容に納得がいかないもののために、多少の宣伝を目的に意志を曲げるということは、あとで必ず後悔を生むことになる。

アルゼンチンのルゴーネスも、スペインのロルカも、信念とともに生き、そして信念を貫いて死んでいった。自分は特に優れた才能もなく弱い人間だから、そこまで信念を貫けるかどうかわからない。が、願わくば自分も、二人の大詩人のように今後も生きて行きたいと願っている。

自分の参加なしで、今後このイベントが行われるのかどうかはわからないが、この場を借りて諸処につき、アンダルシアの政府機関、そしてマドリードの民間芸術機関の皆様に心から感謝とお詫びを申し上げる。

Atahualpa Yupanqui on Soundhound!

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Una pagina web norteamericana que informa de “El Alazán” de Atahualpa Yupanqui. Es un honor para me que ver mi función en vivo entre las del gran autor él mismo.

An American web page to show the details of Atahualpa Yupanqui’s “The Sorrel Horse.” It’s a great honor to me to see my live performance with all those by the greatest author himself.

ユパンキの傑作曲「栗毛の馬」を紹介するアメリカのサイト。
こうしてアメリカでも巨匠を紹介するインターネットのページが増えてきたことはとても嬉しいことだ。
ユパンキ自身の素晴らしい演唱とともに、自分のライヴビデオがリンクされており、とても名誉なことだと思っている。

Soledad Montoya ソレダー・モントヤの黒い哀しみ

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“Soledad y el mar,” la parte cuarta, y “Dos trenzas gitanas,” la parte segunda de “Soledad Montoya,” mi obra nueva inspirada por la “Romance de la pena negra” de Federico Garcia Lorca.

“Soledad and the sea,” the 4th movement, and “Two gypsy braids,” the second movement of “Soledad Montoya,” my newest composition inspired by Federico Garcia Lorca’s “Ballad of the black pain.”

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これは、「ソレダー・モントヤの黒い哀しみ」とタイトルした、クラシック、ロック、ジャズ、フラメンコなどの魅惑的なギターの奏法を駆使した5曲構成による新作オリジナル組曲中のなかから、最も短くシンプルな構成を持つ2曲、第4楽章、アダージョの「ソレダーと海」と、第2楽章、フラメンコを代表するアレグロのリズム、”ブレリーアス”を使った「黒髪のジプシー」の、一般には公開していない自宅練習動画。

ガルシア・ロルカの傑作詩集、「ロマンセーロ・ヒターノ(ジプシー歌集)」におさめられた、著者自身のイラストによる、若いジプシーの女性が主人公の「黒い哀しみのロマンセ」という詩にインスピレーションを受けたものだ。

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黒い哀しみのロマンセ (大竹史朗訳)

”ニワトリたちが大地をつつきはじめる オーロラの夜明け
ソレダー・モントヤが 暗い山をおりてくる

銅色のからだ 馬の匂い 豊かな胸
そして嘆きの歌

ソレダー あんた なんだってこんな夜明けにたった一人で歩いているの
あんたには関係ないでしょ あたしはただ あたしが探すものを探しているんだから

木の葉がさざめく オリーブの大地が広がる

ああ ソレダー!あんたの哀しみはなんて深いんだろう!

あんたのからだと服には 黒い哀しみがしみこんでいる
糸で編んだブラウス そしてアマポーラのような脚にも
そして 台所からベッドの部屋までとどいてしまう あんたの地をはうような黒い長いおさげ髪 

まるで暴れ馬のように やがてソレダーは海にたどり着く
そして波が 彼女を呑みこんでしまう

私は狂った女のように 家へ走り帰る
レモン汁の酸っぱみのように 希望が泣きながら口を濡らす
もう私に 海を思い出させないでおくれ!

ソレダー・モントヤ アロンドラの水であんたのからだを洗ってしまうんだよ
そして あんたの心が安らかであるように
ソレダー・モントヤ!

空を舞う木の葉 川が歌う
カラバーサの花とともに 新たな光が燃え上がる

ああ ジプシーの哀しみは とってもきれいでいつもひとりぼっち
川底で泣いている 遠い夜明けのように

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この詩の日本語訳はとてもむずかしく、決して完全だとは思わないが、ソレダー・モントヤという女性は、ガルシア・ロルカにとって、アンダルシアに暮らす全てののジプシーのプエブロ(民衆、町、集落、そして国までを意味する広域スペイン語)を表す代名詞を言ってよいだろう。

この優れた文学者はかつて、あるインタビューでこんなことを言っている。

”私はアンダルシア人だ。ジプシーではない。よくこの二つは混同される。しかし、アンダルシアに生まれたものが、みなどこかジプシーらしさを持っていることは否めない。では私にとってのジプシーらしさとは何か? それは本と文学だ。” 

(「ガルシア・ロルカ全作品集」より 大竹史朗訳)

また彼は、別のインタビューで、”カント・ヒターノ(ジプシーの歌)”について尋ねられた後、下記のような興味深いことを語っている。

”カント・ヒターノ(ジプシーの歌)”を本当に知る人々は少ない。なぜなら、現在タブラオ(フラメンコのライヴ酒場)で頻繁に演奏されるのは”フラメンコ”と呼ばれるもので、それは(ジプシーの歌の)”退化”でしかないからだ。ただし、これはあまりにも広範囲にわたる話で、少々新聞記者的内容になってしまうため、このインタビューですべてを一言で答えられるようなことではないが、ジプシーの歌を理解するには、まず彼らの母親観について理解する必要がある。ジプシーたちは母権制の社会のなかで暮らしているので、彼らにとっての”両親”とは、我々の考える両親とは異る。すなわちジプシーたちは、つねに”女親の子孫”であるという意識のもとに暮らしているのだ。もちろん彼らの歌のなかにも、男親について歌われているものが全くないわけではないが、その数は極めて少ない。ジプシーたちが、その人生において最も大切におぼえていること、それは彼らの母親についてだけなのだ。 

(戯曲「ベルナルダ・アルバの家」巻末付録より 大竹史朗訳)

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ぼくにとって、アンダルシアの”ジプシーの歌”とは、まさにアルゼンチンの伝統音楽の”母”といってよいものだ。ぼくは数年前、そのことを、パコ・デ・ルシアの最後のアルバムとなった「アンダルシアの歌」のなかの、”あんたを愛してる 生きている限り”という歌をを聴いて確信した。

ぼくは生涯にわたって、心から愛するアンダルシア、そしてアルゼンチンの美しい芸術の”子どもたち”でありたい。

新作「ソレダー・モントヤの黒い哀しみ」は、その決意と覚悟を改めて皆様に示すことのできる作品だと信じている。