4月9日の午後、東京渋谷のペルー大使館において、同国が誇る世界遺産であるインカの空中都市「マチュピチュ」で今秋行われる、グローバルユ−スビューロー社による私のコンサートツアーの発表説明会が行われました。
駐日ペルー大使のごあいさつに続いて、ペルー大使館の外交官によるペルー観光の魅力のお話、そしてグローバルのスタッフによるツアーの説明のあと、満場のお客様を前に私は、ユパンキの「栗毛の馬」、そして、ブラジルの大作曲家、エイトル・ヴィラ=ロボスに捧げたオリジナルの新作ギター組曲、「南米舞曲第一番」を全曲披露。さらにその後は、大使館シェフによるペルー料理のランチがつくなど、なんとも豪華な午後のひとときでした。
グローバルの旅行パンフレットにもあるように、私にとってマチピチュで演奏をするということは、文字どおり原点回帰を意味し、神秘的なかの地の空気を感じながらのコンサートでは、自分でもいったいなにがどうなることか、はじめてみるまではまったくわからない期待感のようなものでいっぱいというのが正直なところです。
ツアーは、11月26日成田出発の9日間コース、同じく26日出発の12日間コース、そして11月20日出発の14日間コースがあり、いずれも11月29日に、マチピチュの最高級ホテル、「サンクチュアリ・ロッジ」にご宿泊、そして私のコンサートを聴いていただくという内容です。
このツアーに関するお問い合わせは、グローバルユ−スビューローまでどうぞ。
(写真 パワーポイントによるマチュピチュの映像の前で、「南米舞曲第一番」を演奏する私。
えっ、スリー・アミ−ゴス(サボテン・ブラザース)?!
左から、ニューヨーク最大の日本人セレブリティーといえばこの方、連日予約で満席の和食レストラン「NOBU」のシェフ、松久”ノブ”信幸さん、ウ−ゴ・パルマ駐日ペルー大使、そして私。ノブさんは私の演奏を、一番前の席、私と1メートルとはなれていない場所で聴いてくださっていました。
ジョイントコンサート ティエラ・エテルナ15日銀座王子ホール
南米のフォルクローレを演奏するギタリストで、米ニューヨークを拠点に活動するシロ・エル・アリエーロ(本名・大竹史朗)さんとポルトガルの民族歌謡、ファドの歌い手、はらだじゅんさんとのジョイントコンサート「ティエラ・エテルナ」が15日午後2時、中央区銀座4の王子ホールで開かれる。
ポルトガルの国民的歌手で、「ファドの女王」と呼ばれた故アマリア・ロドリゲスが2人を引き寄せた。
もとはシャンソンを歌っていたはらださんは結婚、出産で音楽活動から一時離れ、長女の成人を機に01年元旦にデビュー。その大きな目標が「アマリアの歌に挑戦すること」で、「彼女の歌には人間の運命、宿命が込められている」。
一方のシロさんも、その歌声に魅せられた一人で、「ファドには興味があった」と話す。
「ティエラ・エテルナ」(永遠の地の意)の名でデュオを組むことになり昨年12月、レストラン「ヌキテパ」(品川区)でのステージを経て今回のコンサートにこぎつけた。当日はファドの名曲やシロさんの新作「南米舞曲」などが披露され、哀愁に満ちた調べが漂う。
6000円。事務局(03・3501・1301)。
<明珍美紀>
毎日新聞 2007年(平成19年)4月5日(木)朝刊
“Stage・聴く” 欄
今回の日本滞在中、私は仕事をまったくはなれ、軽井沢に三日間滞在しました。
子どもの頃、毎年ひと夏を過ごしたこの美しい土地は私にとって第二の故郷のようなものです。
写真は、30年ぶりに訪れた当時の別荘。私はここで毎日澄んだ空気を吸いながら、自転車を駆って一日中走り回ることによって、現在の丈夫で健康なからだを得られたと思っています。
私はこの木が大好きでした。彼もきっと私をおぼえてくれていたでしょう。
“きみが忘れてしまった故郷の木は いつでもきみをおぼえている
そして夜毎に問いかける 幸せでいるかい それとも...”
子どもの頃過ごした土地との30年ぶりの再会で、私はユパンキの傑作曲、’郷愁の老木’の歌詞を思い出し、いつしか胸をあつくしていました。
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今回の日本滞在における最初の公式日程が、去る3月17日に広島市に今度新しく発足した「広島スペイン協会」の設立記念セレモニーでのゲスト演奏でした。
午後7時からはじまった懇親会の席で、私はユパンキの「兄弟たち」、ユパンキと、スペインのマヌエル・ベニーテス・カラスコの共作による「微笑みながら坊やは眠る」、そして、私にとってかけがえのないナンバー「ヒロシマ 忘れえぬ町」を演奏。さらにアンコールでは、なにかスペインのものをということで、マヌエル・デ・ファリャの「七つのスペイン民謡」から”エル・パーニョ・モルーノ”のソプラノ・パートをギターの弾き語り(!)にて披露。これは世界でもやる人はかなり少ないはずです。お集りいただいた皆さんはとても珍しいものを聴いていただいたのだと思っています。
東京生まれで現在ニューヨークに暮らす私ですが、ユパンキの詩が縁となって、私を世に出してくれることになった広島は故郷も同然です。
その広島で今回こうしてスペイン協会が発足することになったのは大きな喜びです。
広島スペイン協会の今後のご発展を心よりお祈りいたします。
写真)広島スペイン協会設立記念式典懇親会にて。
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日本へ出発する日が近づいてきました。今回の最初の仕事は、着いてすぐの3月17日に広島で開催される、広島スペイン協会の設立セレモニーへのご招待を受けての演奏です。
当日私は、スペインに縁のあるナンバーを数曲披露するつもりですが、そのなかのひとつとして、アルゼンチンのユパンキと、グラナダが生んだ大詩人、マヌエル・ベニーテス・カラスコ(1922-1999)の共作による「El Niño Duerme Sonriendo – 微笑みながら坊やは眠る」を予定しています。
カラスコの詩作は、日本でほとんど紹介されていないためとても残念ですけれど、現在セビージャの中心地には、彼の名を冠した通り、Avenida Poeta Manuel Benitez Carrascoがあるほどで、やはりグラナダに生まれた、世界的にその名を知られる大詩人、フェデリコ・ガルシーア・ロルカ同様、このカラスコの名はいまもアンダルシアの人々の誇りなのでしょう。
続きを読む El Gran Poeta Granadino →
アンダルシアのレモンと、イタリアの濃厚なハチミツに、アタウアルパ・ユパンキの魂が溶け合う、静寂のグロリエータ(四阿)「カンテホンド・イベロアメリカーノ」の音楽世界