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ローズマリーの丘

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ビジャ•デ•マリア•デル•リオセコの

ローズマリーの丘のふもとで 私は生まれた

私が 私について語れるのは ただそれだけ

なぜなら私は ここで歌われる調べの響きでしかないのだから

_レオポルド•ルゴーネス(1874-1938)

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アルゼンチンの国民詩人、レオポルド•ルゴーネスに公式献呈した組曲「神々の炎」

この写真は、その晩に記念公演を控えた午後、上記の詩にあるルゴーネスゆかりの地、「ローズマリーの丘(セロ•デ•ロメロ)」の頂上で、コンサートのビデオ収録にあわせた付帯映像として撮影されたものです。

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アルゼンチンの少年少女たちに完全包囲!

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この動画は、ブエノスアイレス公演の際に受けたインタビュー映像。

コンサート•オープナー、アタウアルパ•ユパンキの傑作曲「栗毛の馬」のフルバージョンに始まり、次に私のスペイン語インタビュー、そして最後にほんの少しですが、合唱をともなった「神々の炎」の第4楽章’ビジャ•デ•マリア’のラストの部分が収録されています。

この第4楽章は、上記のルゴーネスの詩をそのまま歌詞として使い、メロディーを乗せました。

このコンサートの直前、ホテルの部屋で少々疲れが出たか、ヒゲを剃るカミソリの手元を狂わせアゴをザックリ(血まみれ!)。
インタビューで顔がアップになると、アゴに小さなバンソウコウをはっているのがわかります。

神々の炎 レオポルド•ルゴーネス生誕記念組曲

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大成功をおさめたブエノスアイレス公演のあと、いよいよツアーのクライマックスであるアルゼンチン、コルドバ州政府の正式招聘および、日本政府の公式スポンサーシップを受けて初演した、同国国民詩人レオポルド•ルゴーネス生誕140年(2014年6月13日)を祝う記念組曲「神々の炎」。

国民的英雄の生誕記念日前夜、ルゴーネスの故郷であるコルドバ州ビジャ•デ•マリア•デル•リオセコのヌエストラ•セニョーラ(ノートルダム)•デル•ロサリオ教会において、アルゼンチンのメディアの大きな報道とともに、私は万感の想いをこめて自作曲を演奏しました。

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この教会は、建立から100年以上が経過する由緒ある歴史的建造物。
しかし、これまでコンサート会場として使用されたことは一度もなく、今回、画期的な初の試みとなりました。

演奏前は、祭壇をさまざまなイルミネーションでライトアップし、コルドバ市から呼ばれたプロの人気DJによって電子音楽が流され、実にオシャレで荘厳なムード。

(神様もいきなりビックリ!!!)

この模様は、アルゼンチンの「アルガローボ•プロダクト」という映像制作会社によってすべて収録されました。
DVDとして、皆様にお目にかけられる日も遠くないでしょう。

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コンサート直前、関係者の皆さんといっしょにリラックス(しすぎ…)。

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一夜明けた6月13日、午前10時よりレオポルド•ルゴーネス生家(現記念館)において行われた生誕140年記念式典。

私はこの日、下記のようなスピーチを行いました。

”このような素晴らしい式典に招待を受け、オリジナルの音楽を演奏できたことを心から嬉しく、そして誇りに思います。これまでの長い間、どれだけアルゼンチンと、その国民の皆さんが私を助けてくれたかわかりません。アルゼンチンのことを思わない日は一日もありません。私は東京に生まれましたが、今日、アルゼンチンを本当の故国のように思っています。”

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コルドバ州政府文化省長官、パブロ•カネーダさんと。

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式典後、ルゴーネス記念館中庭でなごやかにランチ。

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アルゼンチンは南米の中でも圧倒的な白人国。
自分たちの国以外のアーティスト、しかも日本人がやって来て国民的英雄を記念する音楽を歴史的建造物のなかで演奏するには、多くの人々の理解が必要だったと思います。

今回の大成功の立役者といえるのが、コルドバ州政府文化省理事のアンヘル•ディアスさん。

私はこの三年間で、きわめて先進的な考えを持つ二人の人物に出会いました。

そのひとりは、後援会長にして大恩人の在米投資家、大根田勝美さん、そしてもうひとりが、このアンヘルさんです。

この二人との出会いがあったからこそ、私のここ数年の創作活動は飛躍的に伸びたのだといってまちがいないでしょう。

芸術に携わる者ならば、もちろん誰よりも先進的でなければならない。

しかし、それを正確に理解してくれる人がまわりにいなければ、決してひとりで先に進むことはできないのです。

私は南北大陸において、この二人の人物に会えたことを何よりも感謝しています。

ユパンキ音楽の”神の申し子” 日本人ギタリスト

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大成功をおさめた今年6月のパラグアイ&アルゼンチンツアー。

これは、第三公演地、アルゼンチンの首都ブエノスアイレスの最大手メディア「ABCムンディアル(ワールド)」の音楽ライター、ダニエル•カルボーネさんとのインタビューを、”ユパンキ音楽の神の申し子 日本人ギタリストによるアルゼンチン公演”と大きな見出しで同紙が報じた記事を日本語に訳したものです。

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コンサートツアーのためにアルゼンチンを訪れた優れたギタリスト、大竹史朗”エル•アリエーロ”。
’ABCムンディアル’とのインタビューに対し、彼はこう語った。

”私は日本人。しかし私はニューヨークに暮らし、そしてアルゼンチンを愛し、さまざまな土地を訪れ、そこから音楽を生みだす。
自分をユパンキの継承者などと意識したことはない。
私が創りたいのは、自分のなかにあるカルチャーと彼の音楽との融合。
おそらくそれを創り上げるためには一生涯かかるかもしれない。
ただ、どんな土地にあっても私が運ぶのは、かつてセロコロラドで、私の前でユパンキが奏でてくれたあの音色だと思っている。”

大竹史朗は東京生まれ。少年時にユパンキの音楽に魅了され、クラシックギターを鈴木巌に師事。ユパンキの作品とともに、多くのクラシックレパートリーを学んだ。
これこそが彼に、いま私たちアルゼンチン人が聞いても、我々が敬愛してやまない巨匠の芸術を感じることができ、さらにそれがしっかりと投影された演奏能力を授けたのだ。
しかし大竹はそれだけに留まらない。彼は多くの作曲をし、そのなかのひとつ「ヒロシマ〜忘れえぬ町(ユパンキ詩)」は、2011年、日本の書籍「ラテン音楽名曲名演ベスト111」に選出された。
これまでにマドリード、モスクワ、レイキャビック、東京、そしてマチュピチュをはじめ、世界のさまざまな土地で公演を行い、また、私たちにとって最高の舞台ともいえる「コスキン音楽祭」にも招待を受けている。

2014年には、日本映画「無花果の森」のサウンドトラックを担当した。

このあと大竹はコルドバを訪れ、数日間に渡って演奏を行った後ツアーを終了する。
よき音楽を愛するもの、そしてよき音楽を奏でるものにとって、ぜひとも聴く価値のある、魂の込められた素晴らしい音楽的才能による演奏にふれられる機会である。

喜びと、心豊かにさせる少々の言葉にかえて。

ダニエル•カルボーネ

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インタビュー中、私が、自分をユパンキの継承者や後継者などとは考えていないと強調したので、かえってこのような’オオゲサな’見出しになってしまったのでしょう。
いずれにしても私は、いまも世界に多く存在する、ユパンキ芸術のセギドーレス(道をたどるものたち)のひとりにしかすぎません。

なかなか新聞や雑誌の見出しはそのようには報じてくれませんが…

以下、ブエノスアイレス滞在アルバムです。

(写真はすべて、クリックすると拡大表示します)

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殺人的スケジュールだった前公演地パラグアイに比べ、アルゼンチンでは旧知の人々と会ったり、街をゆっくり散策する時間がありました。
ホテルも、ブエノスアイレス特有のクラシックな、お城のダンジェオン(天守閣)のようなゆったりとした最上階の部屋を用意してもらい、旅の疲れを癒すことができました。

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ブエノスアイレスはビートルタウン(!)古い雑誌やポスター、レコードなどがいろいろなところで手に入り、通りのキヨスクでもビートルグッズが売られています。それが理由かどうかわかりませんが、ここには南半球で唯一の「ビートルズ博物館」があります。
なんと事前に、今も昔もビートルマニアである私の情報が伝わっており、この場所の視察が公式日程として組まれていたのは嬉しい出来事でした。

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アルゼンチンは、とにかく牛肉のおいしい国。ここは、そのブエノスアイレスでもベストのひとつのステーキハウス。

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ブエノスアイレスの日亜学院(日本語とスペイン語による教育機関)のコーラスの皆さんと、国民詩人レオポルド•ルゴーネスに公式献呈した合唱付きギター組曲「神々の炎」初演直前のスナップ。
同地での公演の成功は、この方たちの熱意と理解によるところが大きく、私はたいへん感謝しています。

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大散財…