¡Hiroshima! La ciudad que no olvido

広島2公演 思い出のアルバム

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鈴木巌先生と、広島世界平和記念聖堂にて
2008年、4月7日


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4月6日 カフェ・テアトロ・アビエルト公演

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今日のコンサートは、前半後半あわせて約2時間におよんだ完全ソロ・パフォーマンスでした。

会場のカフェ・テアトロ・アビエルトは南米ムード。
‘テアトロ・アビエルト’は、スペイン語で’オープン・シアター’という意味です。
オーナーの強いラテンアメリカへの傾倒ぶりがうかがえますね。

(左)終演後は、ユパンキに見守られながらそのまま打ち上げ。
(右)私と広島を結んでくださった山崎克洋さんと、恩師鈴木巌先生。
ふたりの大恩人はすっかりアミーゴ。

(左)いまからちょうど30年前、鈴木巌先生のもとでクラシックギターの勉強をはじめたときには、まさかこの美しい町が、のちの自分にとってこんなに重要な存在になるとは、さらにまたその町へ、同じ楽器を奏でる音楽家としてご一緒することになろうなどとは夢にも思いませんでした。
(右)失礼してパクッ!

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今回のコンサートの発起人になってくださった、’広島ANT ANT-Hiroshima’会長の渡辺朋子さんと。

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鈴木先生、山崎さんと。
かけがえのない人々にかこまれて、素晴らしい時間が過ぎてゆきました。

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4月7日、広島世界平和記念聖堂公演

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午後1時30分。
聖堂到着を迎えてくださったのは、カトリック広島司教区の肥塚侾司(こえづかたかし)神父。

肥塚神父のご案内を受け聖堂内へ。

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1981年2月25日、広島を訪れたローマ法王ヨハネ・パウロ二世は、この聖堂において、日本語で’主の祈り’をお詠みになりました。
肥塚神父編集による、’神よ、私の声を聞いてください 教皇ヨハネ・パウロ二世の広島 来広25周年記念特集’より。

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公演にさきがけ、聖堂についてのお話を肥塚神父よりうかがいます。

聖堂内にて。
肥塚神父、そして鈴木先生と。

枝垂桜の美しい、広島世界平和記念聖堂。

(左)午後6時。コンサート直前のスナップ。
むかっていちばん左は山崎克洋さん。
さて、私のすぐ左におられる颯爽としたジェントルマンは....?
(右)広島東洋カープの名内野手として活躍したのち、1986年、監督としてカープを優勝へと導いた名将、阿南準郎さんがコンサートにかけつけてくださいました。
野球少年にもどってしまったような嬉しそうな私。
阿南さんは、写真のとおりの温厚な紳士です。

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ぼくも今年から、ニューヨークでカープを応援するよっ!!!
(カープグッズは、ANT-HiroshimaのKookoさんからのプレゼント)

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(左)コンサートの前に、鈴木先生の愛器、ヘルマン・ハウザーで、ヴィラ=ロボスの’コンチェルト’を弾く私。
(右)出演直前の名匠、鈴木巌先生。

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私は今日のこの公演のことを、おそらくずっと忘れないでしょう。

ANT-Hiroshima事務所で行われた打ち上げパーティーは、深夜までおよびました。

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1967年4月、広島を訪れたユパンキと山崎克洋さん。
時空をこえた、さまざまな人々の広島を愛する思いがひとつとなって、今日、私は一音楽家として至高の時間を過ごすことができたのです。
天国のユパンキ、鈴木巌先生、そして広島の素晴らしい皆様に心からお礼を申し上げます。
ありがとうございました。

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