「Knight’s NY diaries」カテゴリーアーカイブ

ニューヨーク日記

2023年11月18日(土) 10年ぶりの盛岡公演は、明治時代の歴史的邸宅「南昌荘」

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今秋、盛岡を10年ぶりに訪れることが何よりも嬉しい。

コンサート会場は、明治時代に建造された景観重要建造物「南昌荘」。

もともと、秋田出身の瀬川安五郎という明治の大実業家が、自宅としてかの地に建てた屋敷だったが、1907年に第五代盛岡市長に就任した大矢馬太郎は、同年、瀬川安五郎から南昌荘を取得した。
大矢家では、これを別荘として使用し、1908年原敬夫妻が1カ月滞在、翌年は伊藤博文が韓国皇太子李垠殿下とともに盛岡を来訪し、南昌荘では歓迎の園遊会を開催している。

公演の頃は、紅葉が最も美しい時期。
美しい日本庭園をバックに、畳と襖をすべて取り払った大広間が、そのままステージとなる。

盛岡は最近、ニューヨークタイムズによる、世界で最も行ってみたい街調査において、ロンドンに次ぐ第2位となり話題を呼んだが、僕はもう20年以上も前から、この土地の素晴らしさを心から感じていた

コンサートの詳細は、上記ビデオをご覧ください。

26 Nov 2023, Homenaje a Piazzolla en Tokio ピアソラ・オマージュ東京公演は、再びアルゼンチン大使館の後援を受け、日亜国交樹立125年記念コンサートに

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La palabra de ‘Doble-A‘ indica ‘Alfred Arnold,’ el nombre de la marca de bandoneón que tocaba Astor Piazzolla.
Mi ‘Quejas de un Doble ‘A’‘ es por seguro, ponme en contra de ‘Tristeza de un Doble ‘A’. Mas mi ‘Doble ‘A’‘ también indica la otra cosa que he estado cultivando durante muchos años.

Andalucía-Argentina’.

Ahora eso me hace preparar mi aproximación final para llegar a mi ultima destinación ‘Cante Jondo Iberoamericano’, junto a la estupenda escénica del gran innovador argentino.

11月26日(日)、東京世田谷キリスト教会礼拝堂にて行うリサイタルは、3月の東京オペラシティ公演に引き続き、再び在京アルゼンチン大使館の後援を受け、アルゼンチン日本国交樹立125年を記念するコンサートになる。

まずはじめに、この場を借りて、在京アルゼンチン大使館の皆様に心から感謝申し上げます。

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僕はこのリサイタルにおいて、三曲のオリジナル「ピアソラ・インプロヴィゼーション」を初演する。

この動画は、そのうちもっとも最近できた曲、「ドブレ・アーの嘆き」のPRビデオ。
全体の4/3を収録し、秋の公演の告知としている。

タイトルの「ドブレ・アー(ダブルA)」というのは、アストル・ピアソラが愛用していたバンドネオンのメーカー、「アルフレッド・アーノルド(頭文字のAが二つ重なる故)」の愛称。

もちろんこの新作曲は、僕が少年時に心から感激したピアソラの名曲「ドブレ・アーの哀しみ」の向こうを張るものだが、僕にとってこの「ドブレ・アー」とは、もうひとつ、僕が長きにわたって培ってきた、ふたつのAを頭文字にもつ固有名詞を意味する。

それは、「アンダルシアとアルゼンチン」。

パコ・デ・ルシアの遺作アルバムとなった「アンダルシアの歌」を聴き、僕が深くかかわるアルゼンチンの伝統音楽に加え、ピアソラやアニバル・トロイロなどのブエノスアイレスの素晴らしい調べの数々の故郷が、はるかアンダルシアの「カンテホンド(’深い歌’と訳される、アンダルシア文化の根幹をなすジプシーの調べ)」にあると確信した僕は、ついにここに、敬愛してやまないブエノスアイレスのバッハ、ピアソラをレパートリーにとり入れる「接点」をつかんだが、実際それはまだ、その時点で、ユパンキで実績を積んできた僕のコンサートに「恰好の材料」として融合させる「大義名分」としては、少々不十分だった。

ただ好きだとか、みんながやってブームになっているからというのは、自分のようなプレイヤーが事を起こす理由付けには決してならない。

そこで僕は、まず「カンテホンド」をより深く理解するために、すぐにピアソラにはアプローチせず、カンテホンドの代名詞的大詩人、フェデリコ・ガルシア・ロルカの全作品集を読みこみ、そのエッセンスを自作品に導入し、「カンテホンド・イベロアメリカーノ(南米の深い歌)」の確立に全力を注いだ。
それが2016年の暮れのことだった。

僕はスペイン人でもアルゼンチンでもなく、東京は虎ノ門生まれの渋谷育ち、エンコ生まれの浅草育ちの花田秀次郎(誰やそいつ?)というわけにはいかないが、生粋の江戸っ子日本人
アンダルシアもアルゼンチンも、本来まったく接点はない。

そもそも血の中に流れていない他国の文化を、評論家や愛好家が、ただ頭で理解するだけのものではなく、真に自身の体内を流れる血のごとく、ありとあらゆる毛穴を押さえても、そこから怒涛のように噴き出してくる「」としてトランスフォームさせるためには、長い年月をかけて研鑽を重ねる必要があった。

そしていま、僕は、ついに自身の最終到着地である「南米の深い歌」に着陸するための最終アプローチへの舵取りを、「アンダルシアとアルゼンチンのドブレ・アー」ととともにスタートさせている。

僕にとって、「集大成」という言葉は生涯縁のないものだ。

しかし、11月26日、東京世田谷キリスト教会礼拝堂にて行う、かけがえのない第二の故国・アルゼンチンを記念するコンサートは、ミュージシャンとしてこれまで重ねてきたこと、すべてを賭ける公演になることは間違いない。

下記ビデオは、「ドブレ・アーの嘆き」の短縮版。
これも、11・26公演の告知用として作ってある。

“Piazzolla y su quinteto” por solo una guitarra ピアソラ五重奏団の”音”をギター一本で表現「ブエノスアイレスのシャコンヌ」

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En 1977, cuando todavía yo era un chiquito, escuche ‘Tristeza de un Doble-A’ de Astor Piazzolla por la primera vez en mi vida.

Lo que recibí era un mismo impacto que me dio ‘El Alazán’ de Atahualpa Yupanqui en 1976.

Recuerdo que había corrido por todo Tokio para encontrar un disco LP que contenía ese tema ‘Doble-A’.

Así que aunque me encantaba mucho, durante años la música de Piazzolla no tuvo un toque común para mí, que ya hacía música como trabajo.
Sin embargo, el viaje de mi búsqueda del ‘Cante Jondo Iberoamericano’ con Federico García Lorca, ahora me lleva finalmente al ‘Camino Real’ de la guitarra argentina, con las obras de uno de los más grandes renovadores de Sudamérica.

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A tribute presentation of ‘Ciaccona Porteaña (Chaconne of Buenos Aires ~14 variations of ‘Vuelvo al sur’~)’ .

I I will premier this homage piece at Chraist church of Setagaya in Tokyo, on Sunday, 26th of November, during my special recital to celebrate the 125 years of the friendship between Argentina and Japan.

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僕は中学三年生の時、はじめてアストル・ピアソラの「ドブレ・アーの哀しみ」という曲を聴き、強烈な衝撃を受けた。

それは、その一年前にさかのぼる、アタウアルパ・ユパンキの「栗毛の馬」との出会いと、まったく同じ芸術的インパクトだった。

当時、この「ドブレ・アー」の収録されたドイツ盤のライヴLPがあると聞き、東京じゅうのレコード店を走り回ってヘトヘトになった思い出がある。
僕は中学生のころ、いつもそんなことに全精力を挙げていた。

これは、今年11月26日の東京公演のタイトルナンバーとなる、オリジナル・ギターソロ「ブエノスアイレスのシャコンヌ」のPRビデオで、1988年に公開されたアルゼンチン映画「スール(南)」の主題歌「南へ帰ろう」を主題とし、序奏と14の変奏で構成した、僕の最も新しい作品

僕はこれまで、一度もピアソラの名前をコンサートのタイトルに使用したことはない。
ただ好きだから”というのは、僕にとってインタープレテーションを行う理由にならない。

ピアソラの音楽は、長きにわたって(ファンであるにも関わらず)、職業として音楽をプレイするようになった僕にとって、決して共通の感覚を見いだせないものだった。

しかし、10年ほど前、パコ・デ・ルシアの遺作アルバムとなった「アンダルシアの歌」を聴き、アルゼンチン・フォルクローレに限らず、さらにピアソラやアニバル・トロイロなどのきわめて良質なブエノスアイレスの調べ(あえてタンゴとは言わない)の故郷が、アンダルシアにあると確信した僕は、そこでいきなりピアソラには結び付けず、まずガルシア・ロルカのエッセンスを導入して、独自の「カンテホンド・イベロアメリカーノ(南米の深い歌)」の探求を図った。

結果、その六年間にわたる旅路は、いま僕を、ついに20世紀南米最大の音楽革新者の調べとともに、「アルゼンチン・ギターの王道」に回帰させようとしている。

Milonga del ángel (Piazzolla) Improvisation ピアソラ「天使のミロンガ」インプロヴィゼーション東京初演

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1. Milonga del ángel (Astor Piazzolla)
2. Danza del ángel I (Shiro Otake)
3. Danza del ángel II (Shiro Otake)

1 天使のミロンガ (アストル・ピアソラ)
2 天使のダンス 1 (大竹史朗)
3 天使のダンス 2 (大竹史朗)

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Mi concierto en Tokio el 26 de noviembre, de nuevo será lo que celebrará el 125 aniversario de la amistad entre Argentina y Japón, conmemorando a la vida de los dos grandes innovadores del arte contemporáneo (música y pintura) en ambos paises, Astor Piazzolla (1921-1992) y Kenji Yoshida(1921-1992).

Danza del ángel’ es mi obra nueva improvisada de ‘Milonga del ángel. Actualmente ‘Danza del ángel I’ es como una transición de parte primera y la segunda, pero me encanta mucho como una nueva improvisación.

Aunque los seis años de mi búsqueda del ‘nuevo sonido’ con García Lorca, siempre fue acompañaba por baile y recitación, el gran encuentro con maestro Kenji Yoshida me llevará otra vez de nuevo al ‘camino real’ del solo de guitarra muy argentino.

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Il mio concerto a Tokyo, il 26 novembre, sarà ancora una volta quello che celebrerà il 125° anniversario dell’amicizia tra Argentina e Giappone, commemorando la vita dei due grandi innovatori dell’arte contemporanea (musica e pittura) in entrambi i paesi, Astor Piazzolla (1921 -1992) e Kenji Yoshida (1921-1992).

Danza del ángel‘ è il mio nuovo lavoro improvvisato di ‘Milonga del ángel. Attualmente ‘Danza del ángel I‘ è come una transizione tra la prima e la seconda parte, ma mi piace molto come nuova improvvisazione.

Sebbene i sei anni della mia ricerca del “nuovo suono” con García Lorca siano sempre stati accompagnati da danza e recitazione, il grande incontro con il maestro Kenji Yoshida ancora mi condurrà ora al “percorso regale” dell’assolo di chitarra molto argentino.

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My concert in Tokyo on November 26, will be once again what will celebrate the 125th anniversary of the friendship between Argentina and Japan, commemorating the life of the two great innovators of contemporary art (music and paintings) in both countries, Astor Piazzolla (1921-1992) and Kenji Yoshida (1921-1992).

Danza del ángel‘ is my new work inspired by ‘Milonga del ángel. Actually the ‘Danza I’ is very short, sounds just like a transition between part one and part two, however I like a lot as a new improvisation.

During the six years of my search for the “new sound” with García Lorca, have always been. accompanied by dance and poem readings.
Now the great meeting with the art of maestro Kenji Yoshida will now lead me again to the “royal road” of the very Argentine guitar solo.

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今年2023年11月26日に、東京世田谷キリスト教会礼拝堂にて行うコンサートは、3月のユパンキ・オマージュ公演に続き、再びアルゼンチン日本国交樹立125年を記念し、両国のコンテンポラリー芸術の素晴らしい革新者ふたり、アストル・ピアソラ(1921‐1992)、そして吉田堅治画伯(1924‐2009)に敬意を表して行うものとなる。

これは、「ブエノスアイレスのシャコンヌ」同様、東京公演にて初演する予定で作った、ピアソラの名曲「天使のミロンガ」を主題として、後半インプロヴァイズ展開させたナンバーのビデオ。

実際「天使のダンス2」は、主題と展開をつなぐトランジッションのような役割だが、自分は今、この部分をたいへん気に入っていて、初演をとても楽しみにしている。

ガルシア・ロルカの文学を導入して、この6年、自分自身のギターの音を創りあげてきたが、それは多くの場合、朗読や舞踊を伴うもので、観客の皆様からは、”ギターだけの演奏を聴きたい”という声も多く受けていた。

日本が生んだ、不世出の現代美術家・マエストロ吉田の芸術との出会いは、いま僕を、ふたたびアルゼンチンスタイルのギターの王道に回帰させてくれた。