Al volver a Villa-Lobos III ヴィラ=ロボスへの回帰と11/21東京公演③

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“I create music out of necessity, biologically necessity. I write music because I cannot help it.”

_Heitor Villa-Lobos (b. March 5, 1887 – d. November 17, 1959)

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“Creo música por necesidad, biológicamente por necesidad. Escribo música porque no puedo evitarlo.”

_Heitor Villa-Lobos (n. 5 Marzo, 1887 – m. 17 Noviebre, 1959)

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“私が音楽を創造するのは、生物的に必要に迫られるからだ。そうせざるを得ないから、私は作曲をするのだ。”

エイトル・ヴィラ=ロボス(1887年3月5日-1959年11月17日) 

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アメリカの”ギタープレイヤー誌(1981年7月号)”で、プレリュード1の分析(!)と、巨匠の興味深い言葉とともに紹介されたヴィラ=ロボスの記事。

アメリカは奥が深い…

三週間後に迫った東京公演は、第2部のオープナーとして、もともとピアノのために書かれた美しいナンバー「トリストローザ」と、おなじみブラジル民謡組曲の「マズルカ風ショーロ」を、上記動画のようにメドレーでプレイし、その後、公演タイトルである新作組曲「ソレダー・モントヤの黒い哀しみ」をプレイした後、「ワルツ風ショーロ」、「プレリュード3&1」をたて続けに弾き、そしてクライマックスを、ユパンキの詩による歌入りの「ヒロシマ〜忘れえぬ町」でしめるというプログラム。

自分はようやく、世界でも類を見ないこのプログラムで公演を行う準備ができたと信じている。

いずれにしても、他のクラシックの奏者衆とはアプローチの異なる”アルゼンチン風”ヴィラ=ロボスに乞うご期待。
ヴィラ=ロボスはブラジル、そして自分が愛してやまない南米の最大のフォルクローレだ。

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動画でプレイしているギターは、スペインのホアン・エルナンデスというとても優れたクラシック用の楽器だが、数年前、東京の黒澤楽器のクラシックギターフロアーの皆様のご招待を受け、このギターを使って演奏するイベントを行い、その突き抜けるような音色の素晴らしさと、サウンドバランスの良さに魅了され、以来そのままずっと使用させていただいている。

高音は弾きこんでいるうちにさらに鳴るようになり、また、ネックの握りがとても細いため(自分が所持している楽器はみなネックがとても太いので、エルナンデスは最初、エレクトリックギターを持ったような感じがした)とても弾きやすい反面、自分のようなアタックの強い弾き方だと、はじめのうちはかなり低音がビビったが、低音三弦にハードテンションの弦を張ってビシバシ弾いているうちに、なんともドスの効いたいい感じになってきた。楽器というものは生きているのだなあとつくづく思う。
良い楽器との出会いを作ってくださった黒澤楽器の皆様にたいへん感謝している。
二年前のニューヨーク国連公演でも、その素晴らしい歌声で自分を助けてくれた。

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* Al volver a Villa-Lobos I ヴィラ=ロボスへの回帰と11/21東京公演①

* Al volver a Villa-Lobos II ヴィラ=ロボスへの回帰と11/21東京公演②

* Al volver a Villa-Lobos II ヴィラ=ロボスへの回帰と11/21東京公演④

Al volver a Villa-Lobos II ヴィラ=ロボスへの回帰と11/21東京公演②

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No sé que cuantas veces he escuchado este maravilloso LP brasileño hasta este momento. Maria-Livia São Marcos, es una única guitarrista en el mundo de hoy, que me da la inmensa inspiración.

I don’t know how many times I’ve listened to this wonderful Brazilian LP up to this moment. Maria-Livia São Marcos. She is an only guitar player in the world today, who gives me a huge inspiration.

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日本では全くと言っていいほど知られていないが、ブラジルにマリア・リヴィア・サン・マルコスという名のギタープレイヤーがいて、自分はこの女性の録音したブラジル盤L Pを何度聴いたかわからない。高度なテクニックと美しい音色が溶け合った、心が幸せで満ち溢れるような香り高く力強い演奏からは、本当に聴くたびに新鮮な感動を受ける。

このレコードは、1971年にブラジルで制作されたもので、自分がこの録音の存在を知ったのは、それから30年以上も経ってからのことだった。
もしこのレコードを少年時に聴くことができていたら、もしかしたら自分はクラシックのプレイヤーを目指していたかもしれない。若い頃のユパンキや、やはりアルゼンチンのマリア・ルイサ・アニードらもそうだが、南米のプレイヤーというのは、まったくギターに対して(北半球の奏者とは)違うアプローチをする。なぜなのかはよくわからない。南米人であるということしか解釈のしようがない。それは見事なナチュラル・サウンドとなって心に響きわたる。

自分は13歳のときにユパンキを聴いてショックを受け、16歳で鈴木巌先生にクラシックギターを習い始めたが、当時、主流だったクラシックの奏者衆のなかで、”俺もこんな音楽が弾きたい!”と思わせるような、遥か南国の巨匠作品の演奏をするものは、残念ながらひとりもいなかった。

クラシックギターの重要なレパートリーである「12のエチュード」や「5つのプレリュード」などは本当にただただ難解で、ぜんぶ聴くのはほぼ拷問に等しいような退屈きわまるものでしかなかったが、ずっと後になって、マリア・リヴィアのプレイを聴き、自分はようやく「ああ、これはブラジルの風や植物、そして自然界に暮らす生き物たちの生命に溢れる歌声なのか!」と目から鱗が落ちる思いだった。

この優れた女性プレイヤーは、米エヴェレストや、仏BAMなどでクオリティーの高いレコードを次々に発表したが、そういったものは全く日本に伝えられることはなかったようだ。

と、いうわけで、ヴィラ=ロボスなどといえば、長きにわたって、自分にとって最も面白くない音楽の極みのようなものに過ぎなかったが、それを変えたのが、ニューヨークに暮らす、あるアメリカ人ソプラノ歌手との出会いだった。

詳しくは、ぜひこちらの濱田滋郎さんとの対談インタビューを読んでいただきたい。

今回の11/21東京公演では、クライマックスにブラジルのヴィラ-ロボス作品4曲をプレイする。決してマネをするわけではないが、彼女のような、聴く人が心地よくなってくれる演奏を是非試みたい。

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Para mi, al tocar a Villa-Lobos significa al tocar a Las Américas. En el medio de la selva brasileña, sobre las ramas cantan los pájaros al estilo de Bach….

To me, to play “Villa-Lobos” means to play “South America.” In the evening, in the middle of the jungle, you will hear all the birds above the trees start to sing Bach’s melody.

自分にとってヴィラ-ロボスを弾くということは「南米」を弾くことを意味する。
夕暮れのアマゾンの奥地に足を踏み入れると、ジャングルに暮らす小鳥たちが、樹々の枝の上でバッハの調べを歌うのが聞こえてくる。

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* Al volver a Villa-Lobos I ヴィラ=ロボスへの回帰と11/21東京公演①

* Al volver a Villa-Lobos II ヴィラ=ロボスへの回帰と11/21東京公演③

* Al volver a Villa-Lobos II ヴィラ=ロボスへの回帰と11/21東京公演④

Volver a Villa-Lobos I ヴィラ=ロボスへの回帰と11/21東京公演①

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Al interpretar “Villa-Lobos” me llevó al escenario de Carnegie Hall hace años.
Ahora el 21 de noviembre en Tokio, intento tocar las obras de ese gran hombre brasileño, y de Atahualpa Yupanqui, con la misma emoción y la energía.
Atahualpa Yupanqui e Heitor Villa-Lobos.
Para mi los dos eran más asombrosos guitarristas y creadores en el mundo, quienes nacieron en las Américas, y recibieron la gran revelación de J.S.Bach.

Years ago, my “Villa-Lobos” interpretations took me to the stage of Carnegie Hall.
Now in the 21st of November in Tokyo, I will perform the works of the big Brazilian and Atahualpa Yupanqui with the same energy and the emotion. To me these two fabulous guys were most wonderful guitar players & sound creates in the world, who were born in South America and received the beautiful revelation of J.S. Bach.

20世紀を代表する大作曲家の一人、ブラジルのヴィラ-ロボスの作品の研鑽と演奏は、自分をカーネギーホールのステージへと導いてくれた。

そしていま、11/21東京公演は、いよいよこのヴィラ-ロボスとユパンキ、そしてバッハと自作品を、全く同じエモーションとエネルギーをもってプレイするべく日々修練をかさねている。

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“Valsa-Choro,” la pieza del gran carioca que me encanta más.
Para mi, Maria-Livia São Marcos, y Elias Belmiro son únicos dos guitarristas que me ofrecen “Buenos sonidos” de Villa-Lobos. Me encanta mucho que escuchar sus grabaciones y me inspiran mucho.

“Valsa-Choro,” my best favorite Villa-Lobos guitar piece.
There are only two guitar players who bring me the “wonderful sounds” of Villa-Lobos. I really love to listen to their recordings and they inspire me a lot.
Their names are Maria Livia São Marcos, and Elias Belmiro. Both are from Brazil.

これは、プレリュード1、3、そして4ととともに、自分が最も深いブラジルのエモーションとサウダージ(孤愁感)を感じるロボス作品「ワルツ風ショーロ」の自宅練習動画。

これはブラジル、いや、南米のフォルクローレだ。

”ショーロ”というのは、ブラジル(ポルトガル)語で”むせび泣き”を意味する言葉で、もともとリオの貧困層が暮らすエリアに起源を持つ、ブラジル伝統音楽の根幹を成すと言って良い音楽形態で、中流家庭に育った少年ヴィラ=ロボスは、夜、家をこっそり抜け出してスラム街に出向き、ストリート・ミュージシャンたちが奏でるショーロの調べに耳を傾けていたという。

自分はそういったフィーリングを前面に出してプレイしているが、Aマイナーにキーが移ったあとの二度目のEマイナー主題の反復は、どうもしっくりゆかないというかクドいのでカットし、クライマックスでAメジャーに転調する直前の部分には、あえてユパンキ風の和声を加えている。
また、Aメジャーのパート自体も余分と思われる音(メ・ペルドーネ!マエストロ!)を若干削り、たたみかけるように速度を上げてプレイしている。

自分には、ヴィラ=ロボス演奏に関して、いつもCDやLPを愛聴しているふたりのギタープレイヤーがいる。

ひとりはブラジルのサンパウロ生まれのマリア・リヴィア・サン・マルコス(トップ写真)で、もうひとりは、やはりブラジル、エスピリト・サント州出身のエリアス・ベルミーロだが、両者とも残念ながら日本ではまったく知られておらず、素晴らしい音源の数々も国内ではほとんど入手できない。

数年前、現代ギター誌の主催で、音楽評論家の濱田滋郎さんとヴィラ=ロボスとユパンキについての誌面対談を行ったが、その際、濱田さんは、「(ヴィラ=ロボスのギター曲といえば)皆さん、同じようなスタンスで弾くので同じような音が聞こえてくるが、夕べ(東京公演)のシロさんの弾き方はとても新鮮でした。」と褒めてくださったので、決して真似をしているわけではないが、自分のプレイには、実はエリアス・ベルミーロの影響が大きくあることをお話ししたところ、南米音楽のエキスパートである濱田さんですら、この傑出したブラジル生まれのギタープレイヤーの存在をご存知なかった。

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マリア・リヴィアは現在77歳。スイスのジュネーヴに長く在住し、演奏、そして教育活動を続けているようだが、エリアスに至っては、90年代後半に素晴らしい二枚のCDアルバムを発表した後、まったく姿を消してしまい、昨年ブラジルの新聞のオンライン版がリリースした記事によると、なんと完全なアルコール中毒になり、現在、故郷のエスピリト・サント州のヴィトーリア市内の公園で寝起きする路上生活者に身をやつしているという。

褐色の肌にロングヘアという、いかにもブラジルの芸術家といった若き日の精悍な雰囲気は失せ、やせこけ、まだ50歳だというのにすっかり老人然とした風貌となり、話す言葉もロレツが回らず、取材した記者が”おみやげ”として持参したギターを抱えた姿に、とてもかつての名ギタープレイヤーの面影はない。ダウンロードされた自身のプレイを記者の携帯電話で聴いているうちに、感極まって涙ぐむ姿に胸が痛む。

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マリア・リヴィアのほうは、若いころ欧米で高い評価を得たので、アメリカではいまでも優れた音源がアマゾンやebayなどで入手できる。
もしかしたらこれほど優れていると、音楽家としての富や世界的名声などどうでもよくなってしまうのだろう。ブラジル人らしい、のんびりとした余裕を感じる。

エリアス・ベルミーロという人は、ブラジルの子どもたちへの音楽教育にも熱心に力を注いだ人物で、ただ酒による不摂生な生活態度で身を崩したとは思えない。
エリアスの素晴らしいヴィラ=ロボス演奏集デビューCD(ボトム写真)には、彼の師匠である名プレイヤー、トゥリビオ・サントスが解説を書いているが、それによると、エリアスはとても謙虚な人柄だという。

かつてセゴヴィアが、プレイヤーとしてもクリエイターとしても自分よりはるかに優れているパラグアイのバリオスに恐れを抱き、彼が世界に進出できないよう妨害を働きかけ、結果、バリオスは生前は世にでることができず、公演先のサルバドルにおいて、ほぼ無一文で野たれ死にをしたという話を聞いたことがある。

エリアスの変わり果てた姿を見て、自分はなんとなくこの話を思い出した。

バリオスのこの一件が本当のことなのかどうかは実際わからない。が、こういうことがあってもまったく不思議ないのが、今も昔も変わらず魑魅魍魎としたエンターテインメント業界だ。

セゴヴィアには、バリオスの存在がさぞ脅威だったにちがいない。

どんな世界でもそうだが、ジェラシーほど恐ろしいものはない。エリアス・ベルミーロもまた、傑出しすぎた才能を持ったがゆえに、こうして不運に見舞われてしまったような気がしてならない。
いずれにしても、世界に出て嫌な思いをするよりも、ホームレスになっても故郷でのんびり暮らすほうが、もしかしたらよいのかもしれない。

自分はいつも彼のヴィラ=ロボス演奏集CDを愛聴しており、本当に世の中にこんなに素晴らしい演奏をするプレイヤーはいないと思っている。
その後、少し服装がよくなって、治療をはじめていると報道されたので、なんとか再起して、また素晴らしいプレイを聴かせてもらいたい。

ヴィラ=ロボスはバッハを、”世界をひとつに結ぶフォルクローレ”と言い、さらに「フォルクローレとは何か?」と問われると、”俺だ”と言い放ったという。
ユパンキ、バッハ、そしてこのグラン・カリオカ(偉大なるリオっ子)とぼく自身の作品を同じエネルギーとエモーションでひとつのコンサートでプレイするのは容易なことではないが、それこそが自分にとっての終生のテーマになるだろう。

上記の濱田さんとの対談のなかで、自分は、”ヴィラ=ロボスがバッハへの階段になった”と語っているが、今回の東京公演は自分にとって,いよいよバッハがヴィラ=ロボスへの階段になる番と言って間違いない。

ユパンキとヴィラ=ロボス。このふたりは、同じように南の地に生まれ、そしてバッハの啓示を受けた、ぼくにとって世界最高のギターサウンドクリエイターだ。

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* Al volver a Villa-Lobos II ヴィラ=ロボスへの回帰と11/21東京公演②

* Al volver a Villa-Lobos II ヴィラ=ロボスへの回帰と11/21東京公演③

* Al volver a Villa-Lobos II ヴィラ=ロボスへの回帰と11/21東京公演④

¡Adios maestro Iwao Suzuki! アディオス 鈴木巌先生!

En la memoria del gran maestro Iwao Suzuki (1932-2019)

去る8月23日、日本時間午後1時40分、日本の音楽史上、最初の国際コンクールのグランプリ受賞者(1957年モスクワ国際ギターコンクール)、鈴木巌先生が、癌のため東京都内のご自宅で、87年間にわたる地上での生涯を終えられた。

自分は16歳から21歳までの5年間、鈴木先生にクラシックギターの手ほどきを受け、1988年の渡米後、職業として音楽を演奏するようになってからは、東京で計3回、広島(トップ写真)と気仙沼でそれぞれ1回ずつジョイント公演をご一緒させていただいた。
また先生は、2010年に初訪米。ニューヨークのアルゼンチン総領事館オーデトリアムおよび、ニューヨーク湾に浮かぶ人気の水上コンサートホール、’バージミュージック’において、満場のニューヨーカーたちをその美しい音色で魅了してくださった。

下記リンクは、その最後となったジョイントパフォーマンス(2013年10月、東京銀座)のラストのデュオ演奏二曲。おなじみ”愛のロマンス(禁じられた遊びのテーマ)”と、鈴木先生の名編曲によるバッハのプレリュード。
音楽というのは、文字通り”音を楽しむ”ものだということを、この二篇の動画からお分かり頂けると思う。
鈴木先生はこのとき81歳。細かいところでのミストーンはあるが、そのようなものをはるかに超越した、音楽家としての真の精神のみが可能にし得る、天空の音色の素晴らしさがある。

これはほとんどぶっつけ本番パフォーマンスだったので、あまり細かい段取りをしておらず、”禁じられた遊び”のファーストコーラスのあと、そのまま後半の転調パートにゆこうとする先生に対して、「サラバンド!」と(よく聞くと小さな声で)、映画に使われたビゼーの曲をソロで入れるよう先生を促しているのがわかる。
このサラバンドは、先生が咄嗟にアドリブで弾いてくださったものだ。

ふたつめのバッハのほうは、もしバッハがこのパフォーマンスを聴いたら、きっと立ち上がって大喝采を送ってくれただろうと信じている。

自分はこの時、先生は100歳を過ぎてもギターを弾き続けられるのだろうと思っていた…

単に音楽家としてのみならず、こうしてひとりの人間として極めて優れた至高のギタープレイヤーを師としてもてたことを、自分は心から幸せに、そして誇りに思っている。

¡Muchas gracias maestro Iwao Suzuki!

Le Gitan New Yorkais avec la Solitude et la Passion

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