「広島スペイン協会」タグアーカイブ

ヒロシマ・モナム−ル

式典懇親会

今回の日本滞在における最初の公式日程が、去る3月17日に広島市に今度新しく発足した「広島スペイン協会」の設立記念セレモニーでのゲスト演奏でした。

午後7時からはじまった懇親会の席で、私はユパンキの「兄弟たち」、ユパンキと、スペインのマヌエル・ベニーテス・カラスコの共作による「微笑みながら坊やは眠る」、そして、私にとってかけがえのないナンバー「ヒロシマ 忘れえぬ町」を演奏。さらにアンコールでは、なにかスペインのものをということで、マヌエル・デ・ファリャの「七つのスペイン民謡」から”エル・パーニョ・モルーノ”のソプラノ・パートをギターの弾き語り(!)にて披露。これは世界でもやる人はかなり少ないはずです。お集りいただいた皆さんはとても珍しいものを聴いていただいたのだと思っています。
東京生まれで現在ニューヨークに暮らす私ですが、ユパンキの詩が縁となって、私を世に出してくれることになった広島は故郷も同然です。
その広島で今回こうしてスペイン協会が発足することになったのは大きな喜びです。
広島スペイン協会の今後のご発展を心よりお祈りいたします。

式典懇親会

式典懇親会

写真)広島スペイン協会設立記念式典懇親会にて。

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El Gran Poeta Granadino

070310

日本へ出発する日が近づいてきました。今回の最初の仕事は、着いてすぐの3月17日に広島で開催される、広島スペイン協会の設立セレモニーへのご招待を受けての演奏です。

当日私は、スペインに縁のあるナンバーを数曲披露するつもりですが、そのなかのひとつとして、アルゼンチンのユパンキと、グラナダが生んだ大詩人、マヌエル・ベニーテス・カラスコ(1922-1999)の共作による「El Niño Duerme Sonriendo – 微笑みながら坊やは眠る」を予定しています。
カラスコの詩作は、日本でほとんど紹介されていないためとても残念ですけれど、現在セビージャの中心地には、彼の名を冠した通り、Avenida Poeta Manuel Benitez Carrascoがあるほどで、やはりグラナダに生まれた、世界的にその名を知られる大詩人、フェデリコ・ガルシーア・ロルカ同様、このカラスコの名はいまもアンダルシアの人々の誇りなのでしょう。

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Un saludo del Gran Bailaor !

アントニオ・ガデスのサイン

ユパンキのサインのはいったギター同様、私にとってとても大切な宝物が、スペインが生んだ世紀のフラメンコ舞踊家、故アントニオ・ガデスが言葉をいれてくれたギターです。

これは私が少年時代はじめて手にした、日本の名ギター製作家、故中出阪蔵さん1978年製作の楽器で、私はこの楽器とともに成長しました。ガデスはその私の恋人ともいえるギターに、“コンパニェーロ(仲間、同志)よりシロへ”と、私が彼女(ギターはスペイン語では女性)をかかえたときにちょうどはっきりと見えるように書いてくれたのです。

スペインのバイラオールたちの踊りと、ほかの国のフラメンコ舞踊家の踊りの違いは単なる技術面の問題ではなく、なんといっても目のもつ光でしょう。そのなかにおいてもアントニオ・ガデスの踊りはまさに別格でした。彼は、その暗い光に満ちた目の輝きが生むワイルダネスと、上品で洗練されたエレガンスを同時にかねそなえた、きわめて数少ない天性の踊り手だったのです。
私は彼の踊りを見て、ほんとうに圧倒されたものです。

このギター、多くの中出ギターがそうであるように、生まれてからもう30年近く経つのにもかかわらず、その音色は年々さらに艶やかさを増すようです。
ただ、私が演奏するフォルクローレにはあまりに音がエレガントすぎるところがあって、実はもう演奏には使っておらず東京に置いてあるのですが、今年の3月27日、私にとってたいへん縁のふかい広島市の国際ホテルにおいて、新しく創立される広島スペイン協会の創立の式典にご招待を受けており、3曲ほど披露する予定でいます。
サウンド・ホールのなかには、“大竹史朗氏の為に之を製作”と中出さんがしっかりと書いてくださっているこのギター。
東京のスペイン大使館や、各地から来賓のみなさんがお祝いにかけつけるこのイヴェント、もしかしたら私は彼女とともに広島を訪れるかもしれません.。

Gracias, Don Antonio !!!
Gracias, Don Nakade !!!

中出ギター

このように見ると、少々へんなところに書いたなという感じですが、そこはさすがアントニオ・ガデス。
ギターが演奏者に身を委ね横たわったとき、どの部分がもっともよく目に映るのかを知っていました。