10月22日の夜、東京南青山のクラブMANDALAにおいて行った公演が、約100名のお客様を集め無事成功裡に終了しました。
パワーアップしたはらだじゅんさんは、すべて私のオリジナル・アレンジによるギター伴奏にのって、アマリア・ロドリゲスの名曲、`暗いはしけ`、`孤独`、`ラ・ラ・ラ`、`ポルトガルの洗濯女`、`ポルトガルの四月`、`アドロ`、`難船`、`神が私に声をくれた`、そしてさらにユパンキの`トウクマンの月`、`栗毛の馬`を熱唱。
私はソロで、ユパンキの`栗毛の馬`、ヴィラ=ロボスのカデンツァ、ロブレスの`コンドルは飛んでゆく`、自作の`ラ・サンティアゲーニャ`、`南部幻想曲`、そして実弟のDJ LAVAをくわえてポルトガルギター導入のニューアレンジによる`ダヒュ`を演奏。
満場のすべてのお客様に楽しんでいただける仕上がりとなったと確信しています。
お集りいただいたすべての皆様、そしてスタッフの皆様にこの場をかりて御礼を申し上げます。
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涙の音色‥‥ポルトガルギター、`ダヒュ`に導入
今回、日本に到着した私を迎えてくれた素晴らしいプレゼントがありました。
ポルトガルの民俗歌謡`ファド`に欠かすことのできない、`ハート`のかたちをした美しいボディーシェープと、潮風の香り漂う調べにふさわしい貝殻を模したヘッドシェープ、そしてさらにその貝殻におちるひとつぶの涙をかたどったトップをもつ小型ギター、`ギターラ・ポルトゲーザ -Guitarra Portuguesa-(ポルトガル・ギター)`です。
貝殻におちた涙ひとしずくが心にひびき、音色となってむせび泣くといった感じでしょうか。
素晴らしいデザインです。
(なお、スペイン語圏諸国では、通常私たちが`ギター`とよぶ楽器のことを`ギターラ`といいますが、ポルトガル語圏の本国ポルトガルやブラジルでは、`ギター`を`ヴィオロン`とよび、`ギターラ`という言葉はこのポルトガルギターをさすのだそうです。起源は古く、もともとこのシェイプをもった楽器はインド生まれで、それが東へ渡ったものが日本で琵琶となり、西へ渡ったたものがポルトガルでギターラとなったといいます。)
実はこの`ギターラ`、現在日本ポルトガル協会長でいらっしゃる高野悦子さんからのプレゼントなのです。
名手カルロス・パレーデスさんの使用楽器を作っていたことで知られる、ジョアン・ペドロ・グラシオ・ジュニオール氏が1962年に高野さんのために製作した、コインブラ・スタイルによる、たいへん歴史的にも価値のある銘器です。
製作者の心がこめられた楽器は、音を出した瞬間にわかるものです。
このギターラ、半世紀近くも前に生まれたものであるにもかかわらず、ボリュームのある素晴らしい音色にはなんともいえぬ哀感がただよい、おそらくこれからの私の音楽にとって、きっと大切な役割を担ってくれることまちがいありません。
2007.4.15 銀座王子ホール公演
4月20日のニューヨーク公演とアップデートが前後してしまいましたが、シャンソン、ファドを歌う歌手、はらだじゅんさんとのジョイント・コンサート、“ティエラ・エテルナ”“を、4月15日、東京銀座の王子ホールで行いました。
私はこの日、一演奏家として自分のパフォーマンスに対し、かなり満足のゆく結果を残せたのではないかと思っています。
おそらく会場に足を運んでくださった、すべての皆様に喜んでいただけるパフォーマンスになったことと信じて疑いません。
NY Immigrant History Week 2007 大成功
ニューヨークを作り上げてきた移民たちの歴史を祝う“Immigrant History Week”最終日の4月20日、クロージング・プログラムとなる私のコンサートが、無事成功をおさめました。
15日の東京銀座王子ホール公演の直後、17日に東京-ニューヨークを移動しての、かなりタイトな日程での大一番でしたが、会場となった、ニューヨーク・インターナショナル・センターの満場のお客様を前に、ユパンキの「栗毛の馬」、自作の「ラ・サンティアゲーニャ(南米舞曲第一番)」、「ダヒュ」、「南部幻想曲」、「パンパ前奏曲(南米舞曲第一番)」、「ペペのサンバ(南米舞曲第一番)」、「パチャママの踊り(南米舞曲第一番)」、そしてラストにユパンキの「牛追い」、アンコールに「コンドルは飛んでゆく-花祭り」を、ニューヨーク独特の熱気につつまれて演奏。アメリカにはじめて渡ってからはやくも20年近くの歳月が流れたことをかみしめながらのパフォーマンスは、おそらく今後、私にとっても忘れられない公演となることでしょう。
今回、このイヴェント開催にあたって、ニューヨーク市に対して私の出演を強力にプッシュしてくださった、インターナショナル・センターのショーン・ムーリンさん、キャスリン・ボンさんにこの場を借りて深く感謝を申し上げます。
また、今回のこのイヴェントでは、多くのボランティアーの方々が毎日スタッフとして運営に携わってくださいました。
その方々へのお礼として、私のCDアルバム30枚をプレゼント用にとりはからってくださったニューヨーク市およびスポンサーの皆様、そしてなかにはいってプロセスを進めてくださったメアリー・べス・ホルマンさんに心より御礼申し上げます。
この意義あるイヴェントのオープニング・ナンバーは、やはり私にとってなににもかえられないユパンキの「栗毛の馬」でした。
一番弟子(?)、岩田邦裕さんをサイド・ギターに加え、「ダヒュ」をNY初演。
彼は今日、安定した素晴らしいギターワークとバウロン(ボーラン)を聴かせてくれました。
時差をもなんのその!ヴィラ=ロボスに捧ぐ「南米舞曲第一番」。
会場と一体となっての「コンドルは飛んでゆく」。
これまでニューヨークは私に数多くのプレゼントをしてくれました。今回、そのニューヨークのために、私の南米音楽が役に立てたことを本当に嬉しく思います。
公演後、関係者の皆さんと。むかって一番左が、センターのプログラム・コーディネーターのショーンさんとキャスリンさん(右から3人目)、そして一番右が岩田邦裕さん。 また、バウロン(ボーラン)をもつ私の左は、駆けつけてくれた私の恩人、アタウアルパ・ユパンキ基金のファニータ・サロッシさん。
皆さん、ありがとう!!!
アドナイ・エレと羊めー館
私の新作ギター・アンサンブル・ナンバー、「ダヒュ」をイメージした人形を、岩手県の北部、二戸(にのへ)郡の奥中山にある、ひつじ工房アドナイ・エレ(電話0195-35-3931)のみなさんが作ってくださいました。
彼女たちは、敷地内で放牧している羊の毛を刈り、それらを草木染めで彩った、100パーセントナチュラルな美しい製品をたくさん作っています。
写真は、セルティック・クロス(ケルトの十字架)を抱いた、なんとも愛らしいダヒュ。