‘Requiem’ Success in Japan! 「愛の死〜レクイエム〜」東京公演成功!

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Mainichi Newspaper 12.8.2021 edition
毎日新聞(12月18日付)公演後記事)

Fue un gran éxito ‘Requiem ~Muerto de Amor~‘ en Tokio.
Desde el fondo de mi corazón, agradezco a todo los expectadores, y a los grandes amigos que me ayudaron tremendamente.

Requiem ~Dead from Love~‘ had a big success in Tokyo.
From the bottom of my heart, I am grateful with all the audience and the all of my good friends who helped me with their huge love and kindness.

銀座ヤマハホールにおける、二年ぶりの東京公演「愛の死〜レクイエム〜」が成功・終了。12月21日の火曜日の朝、無事ニューヨークに戻りました。
規制の多いなかでのコンサートでしたが、満場を埋めてくださったお客様に心から感謝申し上げます。

以下、ニューヨークに戻って編集した、「愛の死〜レクイエム〜」のハイライト動画三曲をお楽しみください。

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Bodas de sangre: Luna (Blood Weddings: Moon)

Poem: Federico Garcia Lorca
Music: Shiro “le Gitan” Otake
Poem reading: Maria “la Gitane”
Recorded live at Yamaha Hall Tokyo (12/8/2021)
Photos: Rieko Yamamoto

「愛の死〜レクイエム〜」の冒頭は、ガルシア・ロルカの傑作戯曲「血の婚礼」から、全編中最も美しい、ステージが神秘的な蒼い光でいっぱいになる「」の独白。

「血の婚礼」は、およそ100年前のアンダルシアの村を舞台に、若い花よめが、婚礼当日かつての恋人とともに失踪し、大惨事となるストーリー。

並みの作家なら、ただの痴話沙汰で終わってしまうような内容だが、そもそも人格や言葉を持たない「」や「」といったものたちが、さまざまな人間の姿となってあらわれ、禁断の恋人たちの血塗られた将来を詩の朗誦をもって暗示する、ギリシャ悲劇やシェイクスピアの「真夏の夜の夢」、さらには日本の「能」の深淵を彷彿とさせながらも(それでいてスペイン的な)、きわめて高度な文学的表現が全編にわたって溢れる、今も世界中で愛され続けている傑作文学。

朗誦を行ったマリア・ラ・ジターヌは、ぼくが信頼する妹分。

長年にわたって日舞、そして狂言の発声と舞の修練を積んだ彼女を、今回初めて大舞台に起用したが、見事にロルカの世界を表現してくれた。

ぼくのギターも、おそらく現時点で、一人のギタープレイヤーとしてこれ以上のことはできないというプレイになっていると思う。

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Romance de la luna, luna (Ballad of the moon, moon)

Poem: Federico Garcia Lorca
Music: Shiro “le Gitan” Otake
Soprano: Reiko Shiba”
Recorded live at Yamaha Hall Tokyo (12/8/2021)
Photos: Rieko Yamamoto

続いて、ウイグル出身のソプラノ歌手・司馬麗子さんをフィーチュアしてプレイした、ロルカ傑作詩集「ロマンセーロ・ヒターノ(ジプシー歌集)」の冒頭作品「月のロマンス」を日本語に訳して作曲した歌曲。

ぼくにとって初めての完全な現代曲だが、イントロダクションの、ブリティッシュ・ハードロック風に展開させたバッハの「パッサカリアとフーガ」も含め、この真の難曲を、麗子さんは血を吐くような努力をして歌い上げてくれた。

また、ぼくは楽譜というものを一切使わないので、彼女は自分でこのすさまじい音の流れを楽譜におこし、何度もぼくに確認をしてきたが、なにを送ってもぼくが、”それでいいんじゃない?”と言うので本当に大変だったと思う。本当によくやってくれた。

この日の彼女の歌唱には、アンダルシアの人が聴いても「ドゥエンデ(”ばけもの”と訳される、アンダルシア文化の根幹をなす真空的感動)」があったと確信している。

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Yo no soy gitano, soy andaluz(I’m not gypsy, I’m Andalusian)

Texto: Federico Garcia Lorca
Music: Shiro “le Gitan” Otake
Poem reading: Maria “la Gitane”
Recorded live at Yamaha Hall Tokyo (12/8/2021)
Photos: Rieko Yamamoto

私はジプシーではない、私はアンダルシア人だ

ガルシア・ロルカのレクチャーおよびインタビューにおける、印象的な彼の言葉を日本語訳したものに、自作ギターソロを加えたパフォーマンス。

どちらかといえば、現在も人種差別を受け、疎外されがちなジプシーたちが、実は真に高い文化を持っていること、そしてそれはバッハの芸術にも共通する深いものであるということが心から理解できる感動的なロルカの言葉だ。

このギターは、ぼくが最も気に入っている「ロルカ・インスパイアー」作品で、文字通りぼくの全てだと思う。

このギタープレイを嫌いだという人がいたら、”ぼくの音楽は聴かないほうがいいですよ”と言うしかない。

ロルカへのオマージュといえば、一部の間違った解釈により、すぐに単なるフラメンコとリンクされ、ほとんどが目を背けたくなるような、情念的なギラついたパフォーマンスが多いが、ぼくは、この”真にジプシーたちを理解した”ロルカの言葉を今後も追求し、そしてこれが、他でもない、自分が深く関わるアタウアルパ・ユパンキ、そして美しいアルゼンチンの伝統音楽の母体であるということ、すなわちそれは、カンテ・ホンド(アンダルシア文化の根幹をなす、”深い歌”と呼ばれるジプシーたちの調べ)を、最も正統的に継承しているのが(フラメンコではなく)アルゼンチンの(タンゴも含む)民族伝統音楽であるということを、自分自身の音楽として表現してゆきたい。

これこそが、ぼくにとっての”真のユパンキへのオマージュ”になるはずだ。
それはただ、巨匠の音楽を同じように演奏するということではない。

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ロルカは、かつて、フラメンコとカンテ・ホンドとの違いを問われた際、”現在タブラオなどで歌い踊られるフラメンコは、カンテ・ホンドの退化でしかない”と答えている。

こういうことを理解している人間は、いま殆ど存在しない。

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ライヴ音源は公開される場合、通常必ずスタジオで後処理され、体裁よく作り直されるのが常識(つまり100%ライヴではない)だが、たとえどんなミステイクがあったにせよ、もし手を加えてしまえばライヴの価値はなくなる。
この動画は、いずれも当夜、ヤマハホールが録音してくれたそのままの音源を、全くの無修正で使用している。

ヤマハホールの抜群のアコースティックが活かされた、一切マイクを使わない生音

もちろんミステイクもあれば、音程が外れているところもある。
しかしこれは、生身の芸術家たちによる、全く偽りのない、完全な真のライヴドキュメントとして楽しんでいただければ嬉しい。