「Knight’s NY diaries」カテゴリーアーカイブ

ニューヨーク日記

Un reencuentro alegre en NY ニューヨークでの嬉しい再会

***

Junto a Don Katsumi Oneda, una verdaderamente sustituible persona en mi vida como un músico, en un mejor restaurante Italiano en Nueva York.
Desde el fondo de mi corazón, agradezco profundamente a Oneda-san, por su gran apoyo para mi por más de una década.

With Mr. Katsumi Oneda, a truly irreplaceable person in my life as a musician, at ‘Il Tinello,’ the best Italian restaurant in New York City.
From the bottom of my heart, I’m grateful with Oneda-san’s huge suppot for more than a decade.

六日間のみのご滞在ではあったが、二年ぶりにニューヨークに戻られた大応援団長・大根田勝美さんご夫妻と、マンハッタン屈指のイタリア料理店「イル・ティネッロ」にて。

この十年以上にわたって、大根田さんから受けたご厚意の数々は真に計り知れない。

この場を借りて、改めて大根田さんに、心からの感謝の意を表します。

Oops, I ate too much!

ちょっと食べすぎ!

¡Muchas gracias, Oneda-san!

ムーチャス・グラシアス、大根田さん!
((57丁目パークハイアットホテル、ラウンジにて)

Canción Para Doña Guillerma (Atahualpa Yupanqui) en Buenos Aires ブエノスアイレスラジオ生出演によるユパンキ傑作曲演奏(日本語字幕)

Una interpretación de un gran fenómeno del maestro argentino en vivo, despues de tomar la entrevista radial en Buenos Aires.

A live performance of the stunning piece written by Atahualpa Yupanqui, after taking a radio interview in Buenos Aires.

これは、前回ご紹介したインタビューとは別の年
のブエノスアイレス公演の際、現地のラジオ番組に生出演して取材を受け、僕にとってかけがえのないユパンキの傑作ナンバー「ギジェルマおばさんに捧げる歌」を演奏したライヴ録音をもとに作成したビデオ。

実際は放送局の中での録音だが、男女ふたりのパーソナリティーが、ブエノスアイレス市内目ぬき通りのカフェで、そのとき「」の人物の噂話をしていると、たまたまその人物が外を通りかかったので慌てて呼び止め、店内に招待するという(愛らしい)設定の番組。

当ビデオは、ギターケースを手に、外を歩く僕が声をかけられるところから始まる。

「ギジェルマおばさんに捧げる歌」は、名人芸揃いのユパンキナンバーのなかでも、技巧面・精神面ともにたいへん演奏が難しいもののひとつ。

それゆえ、ほぼぶっつけ本番となるラジオやテレビでのライヴ演奏は、これまで一度もしたことがなかったが、このときは話の成り行きから、やはりこの傑作曲をやらずには終われない展開となってしまった。
ヘッドフォンをつけたまま、ふたりのポルテーニョ(ブエノスアイレスっ子)のパーソナリティをテーブルを隔ててすぐ目の前にした、ラジオ用マイクでのライヴ一発どりとしては、まあまあのパフォーマンスだと思う。

アルゼンチンに限らず、ラテンアメリカのテレビやラジオのインタビュー番組というのは、殆ど事前の打ち合わせというものを行わず、スタジオに入ってマイクの音調整だけするといきなり始まる

そんなわけで、この日も何をプレイするかも、何を話すのかも番組が始まるまで全くわからなかったが、アルゼンチンのみならず、他の南米諸国における、これまで数多く行ったすべてのインタビューも含め、つねに結果的にきわめて内容の濃いものになるのはさすが。僕自身、ラテンアメリカのメディアとのインタビューで、不完全燃焼を起こしたような経験は一度もない。
これは、インタビューアーが事前にきちんとゲストの情報をすべて把握し、質問を厳選、そしてリラックスした状態の相手から最良の回答を引き出せる術を心得ているからだ。

ラテンアメリカのジャーナリズムはクオリティが高い

アルゼンチンはじめ、南米のいろいろな土地でのスナップ(女性といっしょのものが多い・・・😊)と、小気味よいブエノスアイレス・アクセントのふたりのパーソナリティとの会話をお楽しみください。

他の中南米の国の人々が、”Argentino habla como canta(アルゼンチン人は歌うように話す)“などと形容するように、もともと(特にブエノスアイレスは)イタリア系の移民が多かったため、あのオペラに聴かれる波打つようなイタリア語の抑揚が、おそらくそのままスペイン語の訛りとして定着したようだ。
特にこのインタビューで、僕とメインで話している男性のスペイン語には、喋っている横で適当な伴奏を弾いたらそのまま「タンゴ」になってしまいそうな、まさに絵にかいたようなブエノスアイレスっ子の「名調子」が聞ける。

また、僕をアルゼンチンのユパンキのもとへ導いてくれた「ギジェルマおばさんの実の孫」にして最大の恩人、故エドワルド・マルティネス・グワジャーネス(1956-1998)の写真もご紹介している。
僕がいま、南米に限らず世界のいろいろな土地で、こうして素晴らしい経験をたくさんできているのは、すべてエドワルドのおかげといって過言ではない。

Homenaje a Atahualpa Yupanqui en Cosquín コスキン大音楽祭におけるユパンキへのオマージュ (日本語字幕)

***

アルゼンチンのみでなく、南米最大規模と言える大音楽祭「コスキン」。

この、一晩1万人の観衆が集まり、1週間ぶっ続けで行われるスーパーイベントに招待を受け、フェスティバル二日目の夜、最高潮に盛り上がるゴールデンアワーの時間帯に演奏させてもらった際のテレビ中継のビデオを公開しているアルゼンチンのサイト(上記)を偶然見つけ、ビックリしてそれを観た。

演奏に100パーセント満足しているわけでもないが、1万人の大観衆を前に、決して力むことなくリラックスしてユパンキへの想い、そしてアルゼンチンへの想いを歌っている。
こういう動画をずっと保管してくれていた人は実にありがたい。

下記ビデオは、ユパンキの傑作ナンバー「トゥクマンの月」を一曲目に演奏したものだが、コンバートできたので、わかりやすいよう日本語字幕をつけた。

ホットなミッドサマーナイト、アルゼンチンの大音楽祭へようこそ

冒頭の新聞記事は、ブエノスアイレスの最大手紙「クラリン」が、”日本のアタウアルパ(ユパンキ)”という見出しで報じた大報道。

Homenaje a Atahualpa Yupanqui en Buenos Aires ユパンキの「栗毛の馬」とブエノスアイレス・メディアとのインタビュー(日本語字幕)

***

La apertura de mi recital homenajeado al gran maestro, después de una entrevista con una muchacha de la noticia en la capital federal.

The opener of my homage concert for Atahualpa Yupanqui, performing ‘The Sorrel Horse,’ after an interview with a young girl from the news channel in Buenos Aires.

ブエノスアイレスにおけるリサイタルのオープニングと、コンサートの直後、まだ興奮冷めやらぬ聴衆が残る、会場のセーマ大学ホールのロビーで行われたインタビューを、日本語字幕付きでお楽しみください。

生粋のブエノスアイレスっ子のアクセントが小気味よいインタビューアーの女性は、とても頭の回転が良く(しかも長身の美人ときていて)、僕も2時間のコンサートのすぐ後ではあったけれど、かなりノッて質問に答えている。

ラテンアメリカのメディアとのスペイン語によるインタビューは、もうすでに数え切れないくらい応じているが、やはり本国アルゼンチンとのものはかけがえない。

ここで聴ける僕の「栗毛の馬」の演奏は、おそらく今の僕ができる最良のものだろう。
ホール二階席からの、一切ごまかしのきかない一発撮り動画は、なんの後処理もない、アーティストとしての今の僕の、鏡のようにそのままのパフォーマンスだ。

よく「本場の人の前で演奏するのに緊張しませんか?」などと聞かれるが、逆に本場の人が目の前にいるほうが、歌の内容をそのままダイレクトで理解してくれるので気分が乗るくらいで、実は、日本で演奏する方が緊張する。
3年前に亡くなってしまわれたが、濱田滋郎さんや、竹村淳さんといったエキスパートが客席で目を閉じて聴いておられると、本当にこんなにやりにくいことはない☺️

ユパンキ演奏に関すること、そしてアーティストの端くれとしての僕の生き方は、このインタビューで語っていることが全てだと思う。

使用ギターは、コルドバのリオ・セコという町に暮らすグレゴリオ・カブラルという製作家が、アルゼンチン産の胡桃で作ってくれた楽器。
南米でのコンサートに欠かせない一本だ。

このツアーは、ブエノスアイレスの最大手紙より「ユパンキの神の申し子」などという報道を受け、大成功をおさめることができたが、パラグアイとアルゼンチン計4カ所でのコンサートツアーはかなりハードスケジュールで、このコンサートの日、ちょっと疲れがでたのかホテルの部屋でヒゲを剃り損ね、顎の先端をザックリ切ってしまい、コンサートはヒゲを剃り残したままで行なった(ちょっと顔が汚いので後悔している)。
よく見ると、顎にバンソウコウを貼っているのがわかる。

これからの僕にとっての10年は、大巨匠の継承者でもなければ弟子でもない、そして神の申し子でもない、ユパンキ自身になるためのものだと思っている。

‘Salome’s dance’ A spectacle guitar solo スペクタクル・ギターソロ「サロメの舞」

***

Danza de Salome,’ una de mis nuevas obras para solo de guitarra con motivos bíblicos.

Salome’s dance,’ one of my newest works for solo guitar with biblical motifs.

すでに6作品めを数える、第1番ソロ「イベロアメリカーナ舞曲」に始まった、舞踊、朗読、そして歌などを伴うバッハ・インプロヴィゼーションの最新作は、新約聖書にモティーフを得たギターソロ。

サロメは、ヘロデ王に寵愛された、圧巻のダンスを特技としてもつ女性の名。
踊りだすと、その美しい容姿とともに誰をも魅了したと言われる。

この女性については、マグダラのマリア同樣、諸説あるが、最初は旧教と新教の狭間での葛藤にかなり苦しむものの、のちに浄化され、イエス・キリストの忠実な信奉者となる姿が、多くの小説、映画、そして演劇などで今も親しまれている。

これは、ラルゴの最初のパート(バッハのサラバンドBWV. 996)で、まずサロメの心の葛藤を表現したあと、アレグロに展開したオリジナル・インプロヴィゼーションで、傑出した美貌の女性舞踊手の華麗なる舞を、クラシック、ロック&ジャズetc.etc…ギターの様々なテクニックを用いて楽しんでもらう作品。

このソロは、その圧倒的な美貌とダンスのテクニックで「サロメ」を演じ、1940年代から50年代にかけて、ハリウッドのセックスシンボルとして世界を魅了したアメリカン・アクトレス、故リタ・ヘイワースに捧げる。