「Video」カテゴリーアーカイブ

映像の試聴

ハッピー”ブーレ”

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昨年出版された新刊書、’ラテン音楽名曲名演ベスト111’に、そうそうたる歴史的名音源の数々に混じって私の演奏がエントリーされました。
またその中で、ユパンキが、私が当時、唯一おぼえていたクラシックギターのナンバーであったバッハの’ブーレ’の演奏をたいへん喜んでくれ、そのあと彼のギター奏法のマジックを伝授してくれたストーリーが丁寧に書かれていることは本当に嬉しいことです。
しかし、なぜギター奏者をめざしてニューヨークに渡ったわけでもない私が、この’ブーレ’をおぼえていたのかは、これまであまり多くの人に話していません。
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実は私は渡米前、東京でヘヴィーメタルのバンドのギタリストとしてアルバイトしていた時期がありました。
そのときドラムを叩いていたリーダーがバッハ・クレイジーで、私にこの’ブーレ’を、ライヴの途中でギターの技を見せる一環としてプレイすることを要求したため、私はよくこのナンバーを練習していたのです。
人生とは、どこでなにがどう役に立つかまったくわかりません...。
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’ブーレ’は、バッハの傑作ナンバー’リュート組曲第1番ホ短調のラストを飾る名曲。
もともとは、フランスの農村に起源をもつ軽快な舞曲です。
私の演奏は、ブリッジの部分に手首を押し当て、6弦をミュートしたエレクトリックギター奏法。
これは、ヘヴィーメタルバンドのステージに立っていたときとまったく同じプレイです。
1989年1月、アルゼンチン、コルドバ州のセロコロラド。
私はいまでも、このナンバーを弾き終わったときのユパンキの嬉しそうな顔を忘れることができません。
新年のごあいさつは、いつも素敵な絵を描いて送ってくれるグアテマラの少女、レベッカちゃんの作品のうえに、私が(消せるように)鉛筆で書き足したものです。

SAKAZO NAKADE – 中出阪蔵さん 魂のギター

1978年、当時まだ少年であった私のために、いまも日本のギター製作家として最高峰的存在である故中出阪蔵さんが、一台の素晴らしい楽器を作ってくださいました。
まずは、その芯のある豊かな音色をお楽しみください。
私自身の演奏で、ヨハン・セバスティアン・バッハのリュート組曲第1番BWV996の二曲目におかれたナンバー、’アルマンド’です。
これは、なんのエフェクトもかけずに、ほとんど音の響かないNYの自宅のリヴィングで弾いたサラサラの地音ですが、中出さんの魂がこめられた、ギターが本来もつべき骨のあるあたたかみのあるサウンドが、このような録音でもいかに空間的なアコースティックをもっているかよくおわかりいただけると思います。

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ノーネスチャンネルとのインタビュー ON AIR

限りなきバッハへの想い そして南米音楽への情熱

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二週間の日本滞在を終えてニューヨークに戻る前日、12月1日に東京で収録を行った、ノーネスチャンネルによるインタビューのオンライン配信がスタートしました。
「ひとつのダイヤモンド」と題された、全二部構成によるこのインタビュー。
ユパンキ音楽との出会い、アメリカへの旅立ち、さらに敬愛してやまないバッハに対する想い、そして現在の私の音楽に対するアプローチと考え方が、ひとつのテレビ番組としてたいへんていねいに作られています。
まずこの場をかりて、ノーネスチャンネルの平山秀善代表兼チーフ・エクゼクティヴ・オフィサー、そしてノーネスユニバーシティーの学園長、鮎川雅子さんに心から感謝申し上げます。

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アタウアルパ・ユパンキ十五周忌によせて

1992年5月23日、フランスのニームにてこの世を去った、南米フォルクローレの最高峰アタウアルパ・ユパンキ。それからはやくも15年の歳月が流れました。
今日は、私が彼への想いを込めて1993年に作曲した’La Tierra Donde Canta El Viento -風が歌う地-ユパンキに捧ぐというギターソロを皆様にお聴かせしたいと思います。

1989年に、私がユパンキにギターの手ほどきを受けた、アルゼンチンのコルドバ州北部の山村セロ・コロラドにある彼の別荘は、川のせせらぎが、鳥の歌声が、そして木々を優しく揺らす風の音にかこまれた、まるで桃源郷のような場所でした。
この風景を思いながら作ったのがこのギター曲ですが、1994年にこの地をふたたび訪れ、ユパンキのお墓の前で演奏してからは、それを最後に一度もステージで演奏していません。また、現在流通している私の3枚のCDにも収められていません。
このクオリティーの高い音源、そしてこの、”風が歌う、私にとっての聖地”の写真が残っているのは、ニッポン放送の香高英明さんのおかげです。
まず、香高さんにこの場をかりて、心からの感謝の意を表したいと思います。

また、この録音を皆様が聴いてくださる頃、私はすでに公演ツアーのためポーランドにいます。
今日この日に、この大切な私の想いを私に代わってオンライン上で美しく飾ってくださった、ふだん東京でこのウエッブサイトを管理してくださっている山本´rico´理恵子さんに、心よりお礼を申し上げます。
(’風が歌う地’には、中間部で、私のギター曲にはめずらしくトレモロを使ったメロディーが登場します。
実は私は昔からトレモロが得意で われながらこのメロディーもきれいに響いているのですが、このあと何かの本でユパンキが、”俺はトレモロなんかやらないよ。俺はお百姓が弾くようにギターを弾くのさ。”と言ったという話を読み、それ以降一切このテクニックを使うことをやめてしまいました。)

この15年間は私にとって、自身の音楽を創ってゆくうえでの、そのしっかりとした土台を築き上げるために費やした年月でした。
そしてそれが、時には激しい雨や嵐を受けた末にようやく土として固まってきたいま、これからの15年は、さらにこの巨匠の音楽に魂をこめて演奏できるよう、より険しくなる道のりを歩いてゆこうと思っています。
私のユパンキへの想いはこれからも変わることはありません。
たとえもう人前で弾くことはなくとも、この’風が歌う地’は私の心の中で、1989年の夏にセロ・コロラドで過ごしたかけがえのない時間とともに、永遠の光を放ちながら鳴り響き続けているのです。